「ミネハハ・ヘルピング・フリー・エデュケイション・センター」  - ミネハハの思い -

 ミネハハ・ヘルピング・フリー・エデュケイション・センターには、現在200名の子どもたちが通っています。今まで教育を受けるチャンスのなかった子どもたちが、この学校と出会い、勉強できる喜びで顔を輝かせながら、毎日楽しく登校しています。

 この学校には、貧しさのために学校へ通ったこともない子どもたち、物乞いをして暮らしていた子どもたち、小さなころから働くことを強制されていた子どもたち、様々な境遇の子どもがいます。

この学校の設立メンバーであり、今は学校を運営するダルとディップは、この子どもたちと同じく、それぞれの事情で学校へ行くことができなかった子供時代の経験を通して、貧しい子どもたちが無料で通える学校をつくりたいという夢を今から数年前に抱いていました。

 2006年2月、釈尊成道の地インド・ブッダガヤにて開かれた「風の輪」奉納式典に参加した私は、お釈迦様が座し覚りをひらいた菩提樹の前で、「祈り〜春よ」他数曲を独唱しました。私が歌い始めると、菩提樹に小鳥が集まりはじめ、参加者全員が何とも言えぬ感動に溢れたその場に、涙を拭いながら歌を聴いているダルとディップがいたのです。2人は半年後、私のもとを訪れ、あの時初めて歌を聴いて涙が出たこと、そして自分たちの夢を実現する勇気をもらったことを語りました。

 教育がないばかりに、何の進歩も、選択肢もなく、能力を見出されることもない、そんな子どもたちに無料で教育を受けられる学校をつくる決心をすることができたと言い、そのきっかけとなった私の名前を学校に付けさせてほしいと要請しました。開校に至るまでには、ダルとディップ、協力してくれる村の若者たちの精力的な活動がありました。

 教育の大切さを理解しない保護者に1軒1軒説明して回り、学校をペンキで塗って修繕し、あぜ道を整備し、生徒を集め、教師を集め、何の組織にも頼らず熱意だけで学校をスタートさせました。彼らの熱い思いに動かされ、私も共に学校づくりに参加する決意をし、2007年1月にインド・ブッダガヤにて無料教育施設「ミネハハ・ヘルピング・フリー・エデュケイション・センター」を設立いたしました。 ...右上の文章へ

 インドには授業料が無料の学校はあっても、必要な鉛筆やノートを買うことができない家庭の子どもには行くことができません。そんな子どもたちは、制服を着て学校へ通う周りの子どもを見ていることしかできませんでした。この「ミネハハ・ヘルピング・フリー・エデュケイション・センター」には、どんな子どもでも通うことができます。

 今この学校へ通っている子どもたちは、自分が学校へ通うようになるとは思ってもみなかった子ばかりです。そんな子どもたちの「学ぶこと」への純粋な喜びは、その表情からひしひしと伝わってきます。
 廃校になった建物を借り、机もイスもない教室から始まった学校ですが、生徒数は倍増し、電気やトイレ、学習用品、制服などひとつひとつ整ってまいりました。子供たちは初めての制服を着て誇らしげです。開校から1年でこのような発展ができたのは、私たちの思いに共感してくださりご支援くださるお一人お一人のおかげです。心より感謝申し上げます。

 ひとつの歌から繋がった縁がこのように広がり、たくさんの方々と出会えたこと、愛の種まきのチャンスを頂けたことに感謝しております。今後も、すでに満員となって青空教室になっているクラスがあるため校舎を増築すること、社会に出て技術を生かせるようコンピュータークラスの設置、給食の開始など、子どもたちの明日のためにやるべきことはたくさんあります。

 しかし金銭的援助を続けることで学校を存続させていくことが最終目的ではありません。その日の食べ物を得るのが精一杯の夢も希望もない暮らしをしていた子どもたちが、この学校に出会ったことによって、命を頂いたことに感謝し、今度は自分自身が周りの人々に夢や希望を与える人材に成長すること、そのために、自立していく力を養うことこそ、本当の目的なのだと考えております。

 そして、この学校を卒業した子どもたちが、階級制度に縛られることなく社会で活躍し、いつかこの学校を未来へ繋ぐ後継者へと育ってほしいと願っております。皆様のご支援・ご協力を心よりお願い申し上げます。

ミネハハ・ヘルピング・フリー・エデュケイション・センターは、第1校カトロワ校に続き、第2校ギャンカップ校、第3校タラディ・アマス校を開校し、生徒数を増やし続けています。今後もより多くの子どもたちが教育を受けられる機会を得ることができるよう、全力を尽くしてまいります。

皆様のあたたかいご支援により、支援活動を進めることができますことを心より感謝致します。