1) イラクの3人に対し、カウウントダウンが続いています。
日本政府は「アメリカ軍と連携し探し出す」といいますが、
このアメリカ軍のやり方に、 相手は怒っているのです。
そして、そうではない、日本国民の支援を期待していたのです。
それが、アメリカの要請による自衛隊派遣で裏切られたというのが、
彼らの論理です。(なにか、自衛隊嫌いの日本人が書いたような話ですが)
今の日本政府は、こうした紛争地での危機管理の問題については、
ずっと、アメリカにおんぶに抱っこでした。
本来、日本が紛争地域で、主体的に戦闘するわけではないのですから
(一部にはやりたい人がいるかもしれませんが)、現地の情報収集や復興支援に、
9条を前提に、本格的な組織や体制をもって、活動できるはずです。
特に、特定国の利益を代表しないことが前提の国際機関には、
もっと日本の人も金も、そして全産業界の英知も傾けていいはずです。
しかし、ここには、アメリカの呪縛があります。
この呪縛から脱却するために、20世紀の「普通の国家」と同じく、
独自軍隊を持つことでそれが達成できると考えるのは、
現状の国際情勢下では、全く、戦略思考に欠けます。
殺し合い・戦闘の部分をアメリカに任せ、あとは世界の安全管理と復興には、
完全にイニシアティブを確立する。 この大方針を立てるチャンスです。
でも、そこまで、この短い期間に、頭が回るかな?
万が一、犠牲者が出た場合には、日本国家として、この危機管理の体制は、
どんなかたちにせよ、強化されるでしょう。
そして、日本人の生命を、今後も守るという観点から、 間違いなく、
9条は、 浮き上がるはずです。
安保を解消して、9条まで変えようとの、国家意志が出るときには、
アラブ世界のみならず、ヨーロッパや中国、そしてアメリカからも、
大きな反発が出るでしょう。
2) そんな中、 今日(日付が変わりました)は、午後、京都市内に出て、
選挙のときに知り合った方のお誘いで、実は、「お能」を見てきました。
演目は、 「敦盛」 と 「海人(あま)」です。
・ 「敦盛」は、よく知られたものです。
源平の合戦で、軍功を上げていなかった、熊谷次郎直実は、
立派な装束の平家の公達を見つけ、躊躇ったものの、あとでちゃんと供養するから、
と誓ってその首を打ち落とします。 そのとき、笛が出てきます。
まだ若い15歳の敦盛の命を絶ったことを懺悔し、弔いの読経を
心のそこから真剣に続けていると、敦盛の霊が草刈の翁になって、
語りかけるという、物語です。
自分はずっと、仇をとりたいとも思っていたが、自分の成仏を真剣に祈る姿に、
やっと、真の法の友を得ることができた、と。
これなどは、今にも直ぐにイラクやイスラエル向けに、登場人物を変えて、
台詞もアラビア語にして、 上演してもらいたいものです。
私が総理大臣なら、直ぐに予算をとって、全国から、脚本や演者を公募します。
・ そして、もう一つの「海人」は、 藤原房前と、その生母の物語です。
房前は、藤原不比等のニ男で、母は右大臣蘇我武羅自古の女・鎌子。
しかしこれは育ての親で、この物語は、生母の追善供養に、
房前が讃岐を旅していると、海女にあい、さらに、実母の霊が現れます。
自分の生んだ息子が、大臣になったことを喜び、今は成仏していると。
そして、そのとき課せられた、海底に沈んだ「珠取り」の物語が、舞われます。
これは、志度寺に残る「海士の珠取り縁起」によりますが、
この珠が藤原不比等のもとに、唐の高宗(第三代・妻は則天武后)から、
その父の藤原鎌足の追善にと送られた、面向不背の珠だったのです。
この珠を乗せた船が志度湾房前沖で時化にあい、唐の使者は、海神の
怒りを静めるために、海中に投げ入れ、一行は難を逃れたのですが、
この珠を取り戻そうと、不比等は志度の浦を訪ね、そこで知り合った海女との
間で、房前が生まれたのですが、そこで悲劇がありました。
このとき、海女の母は海底からその珠を探し出しますが、龍神の怒りに触れ、
自らの乳房をかっ切ってその下に隠すことで、龍神の目を逃れ、なんとか珠を
不比等に渡しますが、そのとき、絶命します。
ただ海女には、不比等との間で珠をとってきたときには、息子を大臣するとの
約束があり、安心して成仏したとーーー。 この部分は本当に泣けてきます。
生けるものも死せるものも、お互いを思い、労わりあう心で一体になっている、
その純粋な、魂の響き溢れる空間を、世阿弥は、生み出しました。
しかも、その響きを味わったものが、その感動を忘れず、真摯に技を練達すれば、
時間空間を越えて、それが再現できるのです。
まさに日本人が生みだした最高の舞台芸術ですが、
これは、実は、「祈り」そのものです。
「お能」には、新しい演目は、作れないそうですが、
この芯になる部分を継承しつつも、 21世紀の現代に、
生死が一体になった多くのドラマと、響きあいの空間を作り出すことができれば、
それは、人類にとって、大変な贈り物となることは間違いありません。