2004年04月11日

カウントダウンに、「お能」に浸る

1) イラクの3人に対し、カウウントダウンが続いています。

 日本政府は「アメリカ軍と連携し探し出す」といいますが、
 このアメリカ軍のやり方に、 相手は怒っているのです。

 そして、そうではない、日本国民の支援を期待していたのです。
 それが、アメリカの要請による自衛隊派遣で裏切られたというのが、
 彼らの論理です。(なにか、自衛隊嫌いの日本人が書いたような話ですが)

 今の日本政府は、こうした紛争地での危機管理の問題については、
 ずっと、アメリカにおんぶに抱っこでした。

 本来、日本が紛争地域で、主体的に戦闘するわけではないのですから
 (一部にはやりたい人がいるかもしれませんが)、現地の情報収集や復興支援に、
 9条を前提に、本格的な組織や体制をもって、活動できるはずです。

 特に、特定国の利益を代表しないことが前提の国際機関には、
 もっと日本の人も金も、そして全産業界の英知も傾けていいはずです。

 しかし、ここには、アメリカの呪縛があります。

 この呪縛から脱却するために、20世紀の「普通の国家」と同じく、
 独自軍隊を持つことでそれが達成できると考えるのは、 
 現状の国際情勢下では、全く、戦略思考に欠けます。

 殺し合い・戦闘の部分をアメリカに任せ、あとは世界の安全管理と復興には、
 完全にイニシアティブを確立する。 この大方針を立てるチャンスです。

 でも、そこまで、この短い期間に、頭が回るかな?
 
 万が一、犠牲者が出た場合には、日本国家として、この危機管理の体制は、
 どんなかたちにせよ、強化されるでしょう。
 
 そして、日本人の生命を、今後も守るという観点から、 間違いなく、
 9条は、 浮き上がるはずです。

 安保を解消して、9条まで変えようとの、国家意志が出るときには、
 アラブ世界のみならず、ヨーロッパや中国、そしてアメリカからも、
 大きな反発が出るでしょう。

2) そんな中、 今日(日付が変わりました)は、午後、京都市内に出て、
  選挙のときに知り合った方のお誘いで、実は、「お能」を見てきました。

 演目は、 「敦盛」 と 「海人(あま)」です。

・ 「敦盛」は、よく知られたものです。
 源平の合戦で、軍功を上げていなかった、熊谷次郎直実は、
 立派な装束の平家の公達を見つけ、躊躇ったものの、あとでちゃんと供養するから、
 と誓ってその首を打ち落とします。 そのとき、笛が出てきます。
 
 まだ若い15歳の敦盛の命を絶ったことを懺悔し、弔いの読経を
 心のそこから真剣に続けていると、敦盛の霊が草刈の翁になって、
 語りかけるという、物語です。

 自分はずっと、仇をとりたいとも思っていたが、自分の成仏を真剣に祈る姿に、
 やっと、真の法の友を得ることができた、と。

  これなどは、今にも直ぐにイラクやイスラエル向けに、登場人物を変えて、
  台詞もアラビア語にして、 上演してもらいたいものです。

  私が総理大臣なら、直ぐに予算をとって、全国から、脚本や演者を公募します。

・ そして、もう一つの「海人」は、 藤原房前と、その生母の物語です。

  房前は、藤原不比等のニ男で、母は右大臣蘇我武羅自古の女・鎌子。
  しかしこれは育ての親で、この物語は、生母の追善供養に、
  房前が讃岐を旅していると、海女にあい、さらに、実母の霊が現れます。

  自分の生んだ息子が、大臣になったことを喜び、今は成仏していると。
  そして、そのとき課せられた、海底に沈んだ「珠取り」の物語が、舞われます。

  これは、志度寺に残る「海士の珠取り縁起」によりますが、 
  この珠が藤原不比等のもとに、唐の高宗(第三代・妻は則天武后)から、
  その父の藤原鎌足の追善にと送られた、面向不背の珠だったのです。

  この珠を乗せた船が志度湾房前沖で時化にあい、唐の使者は、海神の
  怒りを静めるために、海中に投げ入れ、一行は難を逃れたのですが、

  この珠を取り戻そうと、不比等は志度の浦を訪ね、そこで知り合った海女との
  間で、房前が生まれたのですが、そこで悲劇がありました。

  このとき、海女の母は海底からその珠を探し出しますが、龍神の怒りに触れ、
  自らの乳房をかっ切ってその下に隠すことで、龍神の目を逃れ、なんとか珠を
  不比等に渡しますが、そのとき、絶命します。
 
  ただ海女には、不比等との間で珠をとってきたときには、息子を大臣するとの
  約束があり、安心して成仏したとーーー。  この部分は本当に泣けてきます。

 生けるものも死せるものも、お互いを思い、労わりあう心で一体になっている、
 その純粋な、魂の響き溢れる空間を、世阿弥は、生み出しました。

 しかも、その響きを味わったものが、その感動を忘れず、真摯に技を練達すれば、
 時間空間を越えて、それが再現できるのです。

 まさに日本人が生みだした最高の舞台芸術ですが、

 これは、実は、「祈り」そのものです。

 「お能」には、新しい演目は、作れないそうですが、
 この芯になる部分を継承しつつも、 21世紀の現代に、

 生死が一体になった多くのドラマと、響きあいの空間を作り出すことができれば、
 それは、人類にとって、大変な贈り物となることは間違いありません。 

Posted by Arai at 2004年04月11日 01:03
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