小泉首相の第二回訪朝について、評価しない(できない)声が多いようです。
拉致問題で新規の成果が上がらず、援助がただ取りされた、と言う批判です。
首相は、年金問題で支持率が落ちると判断し、逆転の快復を狙ってばくちがに出たが、それが外れたというものです。
確かにそう見えます。 その要素のきっとあったでしょう。
しかし、私には、国際環境とその流れの大変化の方が大きく思えます。
今回、アメリカ側から事前に訪朝の承諾を得ている点で、外交的には全く意味が違います。前回の場合、訪朝後すぐにケリー特使が平壌に入り、核開発をしているという言質を取り付け、国際的に大問題になりました。 北はイラクと国際政治で、同じ立場に追い込まれるところでした。
あのとき、北はNPOの離脱にまで向かい、アメリカがそれならばと、完全にアメリカ本国にも現実に届く、ミサイル(それも、核搭載のもの)をつかった攻撃も辞さない方針になりましたから、これは東アジアの緊張が高まる方向に行ってしまいました。
(このとき、日本防衛族は、ニンマリでしたが)
金正日は、当初、拉致があったことを認めることで、日本との間で国交正常化交渉に入れると思ったが、日本の世論は、認めた事実によって、北は、これまでの分からない国から、拉致という犯罪を平気でする敵国と決め付けるものとなりました。
拉致被害者は帰国したが、国際政治では緊張拡大という、「薮蛇」の結果になったのに対し、今回は、成果は期待ほどではなかったが、平和解決への第一歩が順調に進みだしたことは確かです。
それだけでも、大きな成果です。
冷戦後の90年代、いかに、日本を自陣営に組み敷いたままにする(ポチにする)か、
そのために、大変な狡猾さで、東アジアに緊張をつくっていたのが、アメリカです。
さて、そのアメリカ、特にブッシュ政権に対し、カンヌ映画祭は痛烈な批判を行いました。
「華氏911」面白そうですね。
軍事力と陰謀力が主体のこれまでの権力に対し、世界中で噛み付く人間が現れ、それを、メディアが取り上げる時代になっています。
誰からも賞賛や尊敬、そして憧憬を受けない指導者は、次第に姿を消します。時間の問題。
この傾向は、北朝鮮と違って、豊かな先進国でこそが強まり、加速します。
私は、今日の日曜日は、宿題として出された漫画の「アマテラス」を読んでいました。
「波動」とか、「同調」とか、「次元転換」とか、いろいろ言いますが、実際に自分の意思できちんと、それができる人が、本当に実在するのでしょうか?
他人を支配したい、他人より多く所有したい、誰からも存在が認められる知名度が欲しい、
こういった感情は、本来、全く無意味です。
また、「敵」を設定していること事態、本物の周波数(命を生み出す根源的歓喜)に整えられていないのでは、と私には思えます。
それより、今夜のNHKの特集で、足尾銅山のあとが、今では、森林回復のモデルケースになっていると報告され、ここにも、希望が見出せました。
世界中の禿山も砂漠も、必ず緑に蘇る確信が、私には生まれています。
Posted by Arai at 2004年05月23日 23:59