2005年11月27日

秋らしい一日に、義経「安宅」

 今晩は。

今日は、昼間、家族で、近くに紅葉狩りに出かけ、さらに、太陽が丘公園、
図書館と周り、秋らしい一日を送りました。

そして、夜は、NHKの大河ドラマの「義経」を見ました。

いつもは、かったるい演出に、途中で見るのをやめますが、
今日の「安宅の関」は、面白かった。

歌舞伎・謡曲・能 と、数々の舞台で、演じられている名場面です。
それだけに、制作者の側も、緊張がみなぎっていたのが分かります。

はっきりいって、今日は、泣けました。

見破られまいと必死の松平建の弁慶もさることながら、
関守の富樫泰家を演じた石橋蓮司の演技は見事でした。

最初の悠長な様子から、見破って、さらに、通過を許し、そして、
心から気遣い、応援する。
しかも、このとき、自分自身の罪も覚悟している。

ほんの一日に起きた人生が変わる時の心の内面の変化を、実に、
うまく表現していました。きっと、役者としても、新しい境地を、開いたのでは
ないかと思えます。

歌舞伎では、「勧進帳」として扱われるこの場面ですが、能では「安宅」です。
歌舞伎が、弁慶の機転と主君を想う心を中心に描くの対し、
能では、関守の富樫が主役になります。

今回のドラマでは、富樫は、弁慶らに通過を許したあと、
「傷が痛みましょう」と、義経に酒を手渡す場面になりましたが、
世阿弥が書いた能の「安宅」の中では、義経一行を逃してからあと、
富樫は、自ら酒を持って追いかけて、関を抜けられてほっとしている一行に
加わり、そこで、一緒に酒盛りをします。

それは、義経と分かっていて、あえて逃した以上、罪は免れず、その時点で
富樫は死を覚悟しており、そのときに、自分のそれまでに無聊を囲った人生よりも
、天下の英雄の義経一行たちの純粋な心の繋がりに加わることに、生きている
意味を見出し、最期の花を咲かせるのです。
(今回、このシーンはありませんでした)

今から800年以上も前の、悲劇・悲運の義経に、それ以降、どれだけ多くの人間
がシンパシーを寄せていたか、分かります。

頼朝の政治家としての冷酷さが、この義経死後、日本社会を大きく変えていった
ことも、背景にはあるでしょう。

まあ、ともかく、NHK「義経」は、今日がクライマックスでした。
後は、平泉で、完結するのか、それとも、北海道や大陸に、落ち延びたと
解説するのかどうか、それが、興味の的です。

Posted by Arai at 2005年11月27日 21:34
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