今晩は。
今日は、昼間、家族で、近くに紅葉狩りに出かけ、さらに、太陽が丘公園、
図書館と周り、秋らしい一日を送りました。
そして、夜は、NHKの大河ドラマの「義経」を見ました。
いつもは、かったるい演出に、途中で見るのをやめますが、
今日の「安宅の関」は、面白かった。
歌舞伎・謡曲・能 と、数々の舞台で、演じられている名場面です。
それだけに、制作者の側も、緊張がみなぎっていたのが分かります。
はっきりいって、今日は、泣けました。
見破られまいと必死の松平建の弁慶もさることながら、
関守の富樫泰家を演じた石橋蓮司の演技は見事でした。
最初の悠長な様子から、見破って、さらに、通過を許し、そして、
心から気遣い、応援する。
しかも、このとき、自分自身の罪も覚悟している。
ほんの一日に起きた人生が変わる時の心の内面の変化を、実に、
うまく表現していました。きっと、役者としても、新しい境地を、開いたのでは
ないかと思えます。
歌舞伎では、「勧進帳」として扱われるこの場面ですが、能では「安宅」です。
歌舞伎が、弁慶の機転と主君を想う心を中心に描くの対し、
能では、関守の富樫が主役になります。
今回のドラマでは、富樫は、弁慶らに通過を許したあと、
「傷が痛みましょう」と、義経に酒を手渡す場面になりましたが、
世阿弥が書いた能の「安宅」の中では、義経一行を逃してからあと、
富樫は、自ら酒を持って追いかけて、関を抜けられてほっとしている一行に
加わり、そこで、一緒に酒盛りをします。
それは、義経と分かっていて、あえて逃した以上、罪は免れず、その時点で
富樫は死を覚悟しており、そのときに、自分のそれまでに無聊を囲った人生よりも
、天下の英雄の義経一行たちの純粋な心の繋がりに加わることに、生きている
意味を見出し、最期の花を咲かせるのです。
(今回、このシーンはありませんでした)
今から800年以上も前の、悲劇・悲運の義経に、それ以降、どれだけ多くの人間
がシンパシーを寄せていたか、分かります。
頼朝の政治家としての冷酷さが、この義経死後、日本社会を大きく変えていった
ことも、背景にはあるでしょう。
まあ、ともかく、NHK「義経」は、今日がクライマックスでした。
後は、平泉で、完結するのか、それとも、北海道や大陸に、落ち延びたと
解説するのかどうか、それが、興味の的です。