今日の昼のワイドショーを見ていて、以下の東洋経済の記事を取り上げていました。
<< 小泉訪米と靖国参拝−米国の怒りと戸惑い 靖国神社、小泉首相 >>
週刊東洋経済(6/17) 126
「日本の真珠湾攻撃のあと、ルーズベルトが、アメリカ国民に参戦を呼びかけた
議会で、日本の小泉首相が、演説をする考えがあるようだが、
それには、靖国を参拝しないことが条件だ」、 と、かつて日本と戦った元軍人の
下院議員が、大統領に書簡を送っている、という記事のようです。
テレビでは早速、「どうせ、外務省が、姑息に根回しして、書かせたのだろう」
と、コラムニストに言わせています。
ふ〜ん、そうかな?
アメリカ人は、靖国神社のことを、きちんと知っていません。
まして、A級戦犯のことも。
これが、論理的に「東京裁判」否定になることに気づいたら、アメリカ世論は
どうなるのでしょう。
日本の小泉政権は、アメリカのブッシュに追従していたが、実は、隠れて、
この前の戦争の正当性の回復、を狙っている、と取られたらどうなるのでしょう。
そうなると、間違いなく、憲法改正の動きは、今度は、アメリカ側から、止められ
ること になります。
この東洋経済という雑誌、実は、一時期、首相を務めた、石橋湛山が主宰して
いました。 彼は、工業品の輸出立国に反対し、さらに靖国神社廃止論者でした。
以下に、その文が出ています。
http://www.asyura2.com/0505/asia1/msg/293.html
最後部に、こうあります。
「少なくも満州事変以来事官民の指導的責任の住地に居った者は、其の内心は
何うあったにしても重罪人たることを免れない。 然るに其等の者が、依然政府
の重要の住地を占め或は官民中に指導者顔して平然たる如き事は、仮令
連合国の干渉なきも、許し難い。
靖国神社の廃止は決して単に神社の廃止に終るべきことではない。」
で、ここでまた、問題。 この満州事変の首謀者の石原莞爾のことです。
東京裁判では、なぜ、彼は、戦犯に問われなかったのでしょうか?
満州事変の首謀者の片割れ、板垣征四郎は絞首刑になりましたが。
石原は、孫文の五族共和(漢満蒙回藏)を習って、 この満州で、日本版の
五族共和(日・鮮・満・漢・蒙)で、共和制の満州国を目指しました。
そこには、日本の天皇の祖神アマテラスを祭る考えはありませんでした。
そこで、石原は罷免されますが、日本の軍部は、1924年に馮玉祥に故宮を追われ、
天津にいたラストエンペラーの溥儀を担ぎ、帝政の満州国を創ります。
(馮玉祥は、クリスチャンの軍閥で、ここでは、当時、孫文に北京に来るように
要請したのです。広州から北京に向かう途中、孫文は、神戸に立ち寄って
あの、有名な演説をします。)
溥儀は、天津に亡命中に、西太后の墓が暴かれたことを知り、漢民族を憎むよう
になり、日本軍の誘いに積極的に乗り、帝位復権のために、アマテラスを祭った
のです。 (映画「ラストエンペラー」の冒頭シーンを、よく見てください)
これが、孫文以後に、「中国人」を意識している人間にとって、どんな意味があった
のか、です。
実際に、溥儀が満州皇帝になってからあとは、先の満州国での「五族」は、
孫文の五族と同じとし、日本人と朝鮮人は、満州人に数えられていました。
もはや共和制ではなく、 満州人に成りすました日本人が、 中国大陸全土を
勢力下に治めるための、拠点となりました。
日本軍は皇軍と自称し、大陸の人間を、朝鮮と同じように皇民化を計ります。
満州は、日本のアマテラス神話をアジアに広げる、拠点でもあったのです。
(アマテラス神話は、江戸時代までは、日本列島内のものだったのですが)
朝鮮は、中華民国が出来る前年に、既に日本に併合されていました。
元々、中華の華夷秩序では、皇帝の下の王国ですから、 それが、日本の
支配下になり、さらに、皇軍に降っても、中国人は、それほど気にしません。
しかし、大陸そのもので、日本の皇軍が、「中華」にとってかわろうというのでは、
ことは重大です。
蒋介石は、アメリカ に、対日参戦を仕掛けます。 ハルノートでした。
日本は、中国を助けた形のアメリカに負け、 戦後、 日本の天皇は、
終戦後、「人間宣言」しています。
その象徴天皇を、 高円宮は、「歴史的な実態に戻った」と言っていました。
そして、 平和憲法と日米安保で、 皇軍は完全に存在の芽すら、なくなりました。
ややこしいですが、いよいよ、『整理』の時が来ました。