こんにちは。
今日の朝日新聞に、昭和天皇の卜部侍従の日記が公開されていました。
A級戦犯の靖国神社合祀に不快感を示されたことが、ここでも記載されています。
昨年の富田メモが出されたとき、「第一、これは、昭和さんらしくありません」と
信憑性を疑った、あの桜井よしこ女史は、今度は、どんな感想を述べるのでしょう。
今回の日記の中で、226事件が、陛下にとって重いトラウマになっていたのでは
ないか、と思わせるところがあります。
1936年の226事件のあと、帝国陸軍の大本営は、なぜだか、皇居内に移動して
います。
そして、この年12月に、張学良が蒋介石を捕まえる西安事件がおき、国共合作が
始まります。 その翌年7月に盧溝橋事件が勃発し、さらに、その年の12月には、
南京事件が起きます。 この間、大陸に侵攻した日本軍は、中国民衆から様々な
形でゲリラ的な挑発愚弄を受け続けます。 日本軍は、そうした事態に、シナ人を
膺懲する(こらしめる)といって、派兵を増やし、さらに、一気に、蒋介石の国府政府
を叩き潰しに行ったのです。
蒋介石は、南京を抜け出し、重慶に逃げましたが、その戦闘で、多くの犠牲者が
出ました。 ここから、日本悪役論の決定版が出てきます。
この間、昭和天皇は、どこにいたのでしょう。
こうした軍部の進軍に当たって、昭和天皇はどのような意志を持っていたのでしょう。
事実は、どの文書にも出ていない、あるいは、まだ、発表されていないようですが、
私は、ある方から、こう聞きました。
「実は、226事件後、陛下は、軍部によって、那須の御用邸に軟禁された。
陛下がいると、蒋介石政権との本格的戦闘に、反対されるから」と。
昭和天皇が反対されたのは、中国で無辜の民衆が死ぬこともさることながら、
蒋介石が大陸内で逃げ延び、そこで、アメリカに対し、支援を求めることになり、
日米戦争に発展すると、見えていたからでした。
特に、このとき、すでに、日本は、リットン調査団を拒否し国際連盟を脱退し、
さらに、日本の軍部は、ドイツとの連携を期待していたからです。
私は、「ある方」から聞かされた内容が、にわかに信じられず、それが本当か、
ずっと、調査・考察してきましたが、事実は、そうとしか考えられないものでした。
アメリカ政府中枢に寄生するスカル&ボーンズは、対外戦争を嫌うアメリカ国民を
何とか説得し、対ドイツ戦に参戦するだけでなく、日本占領をも狙っていました。
そうした策謀を読みきれなかったところに、私は昭和軍部の幼稚さを感じます。
また、陛下の声を封じ込めて、作戦を進行させた尊大さと 先のまったく見えない
愚昧さに、統治者として、完全に失格であったと大いに非難されるべきものです。
その意味で、やはり、当時の統治者を代表したものとして、A級戦犯は、
他の兵士たちと一緒にしてはならないと考えます。
A級戦犯を合祀させないことは、国家の舵取りをする統治者の、負の遺産として、
今では、国家主権者である私たち日本国民自体が、特に銘記すべきものです。
「歴史を鏡に」 とは、 まさに、このことです。
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