今日は、朝から、体調が悪く、寝込んでいました。
理由は、今回の香田君事件の顛末が、日本とアメリカにどんな影響をもたらすか、
考えていたからです。
彼は、「自分探し」をするにしても、何でわざわざ、ニュージーから、イスラエルへ、
そして、さらに僅かな所持金で、バグダッドへむかったのでしょう。
また、日本政府は、現地で遺体も確認していないのに、彼の自宅に報告し、
一旦、発表し、それを撤回し、そして、本当に殺害されるお粗末でした。
台風と地震だけでも、心が重かったのですが、10月の最後に、つまり、
アメりカの大統領選挙直前に起きたことに、いやなものを感じます。
以下の、萬晩報の園田さんのコラム、意味深長です。
http://www.yorozubp.com/0410/041029.htm
皆さん こんにちは 新井信介です。
すでに、HPでも紹介していますが、
11月6日(土)は、京都の衣棚三条の「ちおん舎」で、ミネハハのコンサートです。
http://mediacapsule.ne.jp/purplejade/gekkabijin/panhu.jpg
テレビCMを3000曲も歌っていた、ソプラノ歌手がソロ活動を始めた。
自分の本当に歌いたい歌を、ココロの底から、全身全霊で、しかも、
これまでに、鍛え上げたテクニックを総動員して。
最初、彼女のことを聞いたとき、商業的な成功を捨てたことに、
本当にどこまで本気なのだろうと、正直、少し疑念がありました。
しかし、実際に、歌を聞き、そして、彼女が
何に、周波数を合わせて生きているのか探ってみて、
全て、納得しました。
この人は、腹をくくっています。
自分自身の人生を使って、新鮮で透明な空気を生み出そうとしています。
そして、この日本列島で、日本語とともに残された「母性」に、
本気で訴えています。
私たちの肉体の中に流れる、イノチのヒビキが何であるか、
そして、今の日本に生きる私たちが、何を求めているのか、
私たちがなぜ、柔らかく穏やかに、今を生きていられないのか。
すべては、 つながり、 です。
それも、この地上の全てのイノチとも、姿なきモノとも、
リアリィティーのなかで繋がっている、感覚です。
彼女は、その感覚を、皆が体感できる空間を、
自分が歌う歌によって醸し出すことに、今、人生を賭けています。
私は、ミネハハの声の向こうにある、ホンモノの祈りに、
溶け出しています。
日本の町中に、そして日本文化を学ぶ海外の人たちの口元に、
彼女の歌う、「ひとつ」や「木蓮」が、溢れる日が必ず来る。
この日のコンサートは、その記念すべき最初の一日になります。
その時間を共有できる幸運を、是非、皆さんも味わってください。
「月下微人」パーソナリティー、新井信介。
皆さん今晩は。
今日は、ちょっと変わった人に逢いました。
大和朝廷ができる前に、今の北朝鮮の場所にあった高句麗の王様
(これはシャーマンだったとのことです)の直系であることを誇りにしている人が
立ち上げたNPO関係者でした。
そして、これまでの宗教の垣根を払う、縄文精神のコンサートの誘いを受けました。
説明文にいきなり、縄文とフェニキアが出てきまして、古代王朝の高句麗と、
どうつながるのか、少し、困惑しました。
確か、高句麗は隋に滅ぼされるとき、日本に大量に亡命者が出ていますが、
この王国は、イエス誕生の30年ぐらい前に、王朝が始まっています。
私の中では、高句麗と、縄文やフェニキアが、どうしても繋がらないのです。
ただ、数ある古代王国の中でも、シャーマン体質を、色濃く引き継いでいるという
のなら、縄文(意識)とは、繋がるかもしれません。
現代の日本人で、日本の古代について、整理された知識情報を持つ人が
少ないのは、ある意味で、仕方がないかもしれません。
明治以来の皇国史観が、記紀のみを教え、それ以外の各地の伝承を無視し、
真実を探求することを、国家権力を以って、弾圧してきたからです。
「ゆかり発言」に続いて、昨年6月平成天皇の「歴史の真実を探求し」の発言で、
初めてタブーが解けた、 といっていいでしょう。
実際問題、アレクサンダー大王の死後、中国大陸に秦が興き、その始皇帝の
時代から、天武天皇の大和朝廷の成立まで、約1000年の歴史時間があります。
この間、地上には、多くのドラマがありました。
徐福もイエスも、卑弥呼も、新約聖書の成立も、ネストリウスも、広開土王も、
聖徳太子(ウマヤド)も出てきます。
フェニキアは、今から3000年前であり大体、殷の時代。
また、日本の縄文文化は、紀元前1万年から始まり、最盛期が5500年前で、
秦の始皇帝が派遣した徐福の頃まで、日本列島で、続いていました。
以後は、日本列島内で、渡来系部族との混血が、何回も、急激に進みだしました。
また、稲作では、もっとも古い稲としては中国湖南省で1万年前のものが発見され、
日本では3000年前からで、2000年前くらいから、管理栽培が始まります。
今、私たちの周りには、21世紀に新しい時代を築こうと多くの人が活躍しだして
いますが、そのとき、自分自身について、過去のどこそこの王様の末裔とか、或い
は、神秘体験や奇跡体験をしたことを、その人本人が、自分の誇りとして、ココロに
納めているのは素敵なことです。
そして、堂々と自覚しましょう。 地球中から、集まった人たちが、理想国を作ろう
という決意の元に、日本列島で、私たちの「大和」が始まったのだと。
そして、そのときの記憶が、今こそ、地球大に生かせると、大いに自負しましょう。
ここまでは、大賛成。
しかし、最初からそのことを前面に出して、「我こそは、・・・なるぞ」と、
何かの組織や団体を作った、として誇らしげに主張されますと、ちょっと興ざめです。
今は、国家を超え、民族を越え、宗教を解消し、世界が一つになるときです。
自尊心を保つのと、他者に呼びかけるのとが、同じ言葉では、 白けます。
自分自身について、何を名乗るか、は実際には大して意味がないことで、また、
既存の団体・組織の大小や伝統も中身がなければ、価値はありません。
現実に、今、何を、どう、やっているか、それだけが試されていると考えますが、
いかがでしょう。
まあ、私は、地道にやるしかありません。
今日は朝は寒かったのですが、昼はいい天気でした。
我が家の近くの国宝の宇治上神社の境内で、息子の七五三の御祝いをしてきました。
そこには、ちょうど、外国からの観光客も通りかかり、モデルになってしまいました。
新潟の地震で生き埋めにあい、奇跡的に救出されたユウタ君と、同じ学年になる
のでしょうか。
21世紀は始まっており、私たち大人が、格闘しなければならない問題が、山積して
います。
子供にどんな未来を残すか、それは私たちの、責任です。
逃げるわけには行きません。
解決に当たっては単に柵やこれまでの旧弊を越えて、 発想や理性の次元まで、
全てゼロに戻って、最善を考えて、実行したい。
過去の経緯を冷静に見極めなければなりませんが、未来は、創造するものです。
ごたごたに捕らわれず、吹っ切っていきたいとおもいます。
拝復
S様 メールありがとうございます。
貴殿から、問い合わせがありましたので、お答えします。
(以下の共同通信ニュースに対し、W氏が船井幸夫あてに彼のコメントをつけて、
送っているようですが、私の見方は全く違います)
1)まず、アメリカの財政事情について。
戦費が嵩み、通常ではいつ破綻してもおかしくないという状態は、
実は、1999年から続いています。
特に、2001年の「911」直前も、今回と同じく、債務の発行上限に
届いていました。
そのとき、FRBやBISまで巻き込んで、世界全体のドル経済を壊さないために、
という、背景を以って、強引に仕掛けたのが、「911」でした。
つまり、今、人類社会はいつも、この次元から「何らかの意思決定がある」と
考えておく必要がある、とおもいます。
2) 21世紀に入っても、世界各国の多くの民衆が、これまでと同じような経済発展
を望んでいるものが大半です。
中でも発展途上国の人たちは、私の言う「文明のスタンダード」(これは、
日本人の普通の暮らしの物的レベル)までは、何とか到達したいでしょう。
そのためには、海外からの投資が必要です。
また、国内での企業家精神の育成も必要です。
しかも、ここに、環境対策という、宿題を新たに抱え込んでいます。
よって、今回の危機についても、「米ドルによる経済システム維持」のために、
きっと、大きな仕掛けが、国際社会の合意の上で、創られているでしょう。
間違いなく。 それを確認しあったのが、シーアイランドサミットのはずです。
3) そこでは、進行する世界経済の「崩壊の流れ」に対し、どの方法を使って、
どの程度のブレーキをかけるか、 ここに、これまでの全人類の経験が投入
されますが、 そのとき、大きく分けて、二つの選択肢があります。
覇権国アメリカを一気に崩壊させるのか、それとも、徐々に弱らせるのか、
ここには、慎重な議論(陰惨な駆け引き)があったはずです。
人類社会が大混乱する(場合によっては戦争になります)ことは、誰からも、
望まれないので、 世界は、今、米ドル(のシステム)に替わる受け皿を、どう、
創り上げるか、に叡智が求められます。
ヨーロッパは1990年代からこの問題に対処し、既にユーロが出来ていますが、
アジアではまだです。 日中の共通通貨も、日本側の準備不足で進みません。
また、中国自身がまだ内陸に貧困地帯を多く抱えているので、外部から何らか
の支援が不可欠で、その意味で世界金融の主体の米ドルシステム維持を望み
ます。 (壊れたら、誰が支援してくれるのか?という意味)
一方、日本は、アメリカに戦後一貫して軍事的に占領されているのみならず、
国内に米ドル資産を大量に持っている人間・企業が多く、この人たちが、
経済上の損失を嫌がります。
掴んだものを、ゼロにしたくない。 だから、アメリカ擁護に回ります。
しかし、そこにも、日米中、そして華僑とで 駆け引きがあります。
私たちに直結することで言えば、最大の問題は、実は日本の政治です。
日本は最大の米国債保有国であり、しかも、日本国の国家財政の維持には、
米ドルの外貨収入をもたらす輸出企業の利益が、多くの税源となっているからです。
どのようにして、世界経済のシステム維持を図るか。
そのやり方の中に、今の、小泉政権の郵貯対策もあります。
郵貯資金の流動化です。
また、北朝鮮問題に平和が来るのと、緊張が高まるのとでは、
資金の流れが違います。
これは、間近に迫った、アメリカ大統領選挙と関連します。
日本が(小泉政権が)ブッシュ支持なのは、自分だけでは、アメリカ抜きの
独自経済が組み立てられない、という「事実」があるからでしょう。
行政を支える、財源の主体である大手企業がグローバル化に進む以上、
アメリカとは離れられません。
私の見方は、円高は進みますが(すでに80円割れを経験済みです)、
国家システム自体の崩壊は、2010年までは、ないとおもいます。
つまり、何らかの穏健な段階的な措置が、既に執られている、とおもわれます。
ただ、相次ぐ天災で、今の日本人にも、これまでの人生の目標を見直し、
通貨や行政のシステムに頼らない道を自分で築いていくしかない、
と腹を決める人が増えていくとおもいます。
新井信介
−−−−−−− qte −−−−−−−−−−−−−−−−−−
Sent: Wednesday, October 27, 2004 2:09 AM
Subject: Fw: 緊急!W氏からのお知らせ
> 以下につき、 新井さんのコメントを聞かせてください。
> Wさんから船井事務所に流れたメールです。
>> 関係各位
>> 今月19日共同通信が下記のようなニュースを流しましたが、大手マスコミは
完全に無視しております。
>> この記事の意味するところは、アメリカの国家崩壊です。
>> 国債大暴落→ドル大暴落→国家崩壊という流れが11月に起きてくる
>> と予測されます。
>> これに引きずられて日本の国家財政の大崩壊、銀行の倒産、
>> 輸出企業の連鎖倒産と、世界恐慌の様相を呈してきます。
>> トヨタといえども生き残ることは出来ません。
(アメリカ国債の保有国は日本が世界第一、中国が第二位です)
>> おそらくドルは50円程度までに暴落することになるでしょう。
>> 場合によっては、ドルが紙切れになる可能性があります。
>> 大統領選も延期される可能性があります。
>> 出来るだけ多くの方にこのメールをお送りになり、多くの方々がこの事実を
>> 知る必要があります
>>【ドル暴落】
米連邦債務がほぼ上限にイラク戦響き行政に支障も
【ワシントン19日共同】
国債発行などによる米連邦政府の債務が先週、いまの法定上限
(7兆3840億 ドル、約808兆円)にあと2500万ドルの水準に達した。
このため米財務省は連邦職員の退職年金基金への支払いを一時停止する
など緊急措置を発動、当面の上限突破をしのぐ対策に乗り出した。
スノー財務長官は「11月中旬には策が尽きる」としており、政府の新たな
借り入れが不可能になれば、さまざまな支払いや行政機能に支障が出る
恐れがある。
債務残高が膨らんだのは大型減税にイラク関連の巨額支出が重なったため。
今、多くの若者が新潟の被災地に向かっているといいます。
これは、心強いニュースです。
一方、毎日、食料を求め、SOS を出している映像も届けられました。
そこで、気になる事があります。
なぜ、自衛隊やメディアのヘリコプターから、食料や毛布を地上に落とせないのか、
ということです。 不思議でなりません。
旋回して、よりはっきりと現地の映像を撮るのなら、それは被災者との距離が近づい
ているわけで、そのときに、なぜ、少しでも、必要物資を届けようとしないのか。
山間部に物資輸送をするのは本当に大変で、車両が入れないと人力頼りとなり、
物資の重量が重いと、援助の対象人数も、本当に限られたものになります。
援助物資を小型で軽量化できれば、輸送手段が、へりコプターであれ、人力であれ、
救済対象の人数を格段に増やす事ができます。
そこで、現地の水を使うことを前提にして、「援助システム」を組み立てたらどうか、
と考えていました。
災害発生時の緊急事態で、民間を巻き込んでどう支援の体制を造るか、
これは行政の永遠の課題で、 柔軟な想像力と普段の努力が大切です。
いま、「食料」と「水」について、考えていることがあります。
日本国内は、雨が多く、本来、水は豊富ですから、その水を如何に簡単に、
飲料水に変えられるか、そこがポイントになります。
被災した切迫状況でも、簡単に、濾過ができる装置はできないかと。
例えば、コーヒーのドリップペーパーの中に、殺菌用の墨と、柿や山葵エキスを
織り込むのはどうだろうか。
また、食事についても、 毎年育った野菜や肉、魚を、上手に乾燥させて貯蔵し、
それを携帯しやすくする技術はないものか、と。
それができれば、濾過された水の中にそれをいれて加熱すれば、すぐに
雑炊かシチュウができる。
これに加えて、加熱のコンロや、バケツに鍋、さらに、簡易トイレや、簡易風呂
など、アイデアはでてきますが、これらは、実際に、現場で生かせないと意味が
ありません。
ここで、書くよりも、何とか、商品として実現する事が大切です。
まあ、一家に1セット常備していてもいいものを、考えてみたいとおもっています。
事業化に興味のある方は、メールください。 一緒にやりましょう。
今年は、10回も台風が日本列島に上陸したのに続いて、止めを刺すかのように、
新潟の豪雪地帯で直下型の大地震が起きました。
日本最長河川の信濃川が、越後平野に入っていく、小千谷市が震源です。
そのとき、関越新幹線も時速200キロで走っていました。
阪神大震災のときは、新幹線が走り出す15分前に地震が発生しましたが、
今度は走行中、それも、震源のすぐ近くでの発生です。
新幹線車両の脱線のみで橋脚が壊れることもなく、乗客は無事だったといいます。
なんと評価していいのか、わかりませんが、私としては、日本の技術陣に対し、
評価したいとおもっています。
私の郷里は長野県北部で、善光寺平の北の端です。信濃川(長野県内では、
千曲川)が南から北に流れ、これが新潟に向けて東向き大きく曲がるところです。
今回、実家でもかなり揺れたそうですが、ライフラインが壊れることはなかった、
といいます。
長野と新潟の県境地域は、私が生また昭和30年の初めは、陸の孤島でした。
そこが、田中角栄の登場によって、新潟県側は道路が完備し、新幹線も走り、
川端康成の「雪国」で有名な越後湯沢へは、一時、東京から日帰りでスキーを
楽しむ人が、溢れました。
平野部にはいると、米と酒がうまく、まことに、豊かな土地柄でした。
今回のような天災を目の当たりにしますと、
どんな運命が、その人の身の上に迫るのか、いろいろ考えさせられます。
これまで、星占いや気学・四柱推命など、いろいろな方法で運命を事前に知り
たい、と先人達は、多く知識を残してきました。
また、「因果応報」の言葉どおり、どのような「因」をつくれば、素晴らしい「果」が
得られるのか、人間は自身の生き方を整え、そこに、道徳も生まれました。
しかし、歴史をつぶさに見ますと、必ずしも、善人が長寿で、社会的に賞賛され、
経済的にも大成功する、とは限りません。
かえって、盗賊の大親分のような人間が、長生きしたりもします。
或いは、世界史に、名を残す「英雄」といわれる人間たちは、実際にどれほど多く
の人のイノチを奪ったことでしょうか。
そこで考えます。
天にいて、人間の運命を決める存在(神といってもいいが)は、正しいのだろうか?
つまり、 「天道、是か非か」です。
あの信長も、本能寺では、自分の運命について、「是非に及ばず」と腹をくくりました。
人間がいい運命を得ようと、どんな努力しても、そうしたものを一切、飲み込んで、
壮絶な運命が襲ってくることが、この地上にはあるのです。
(映画なら、「ディープインパクト」や「ザ・デイアフター」?)
単なる、カルマや因縁論をはるかに超越した次元の事です。
「生まれ変わることで、帳尻が合う」なんて言う次元では、ありません。
間違いなくその次元の運命決定は、この世にある。 まず、それを受け止めましょう。
そして、 そうした運命(これはデスティニーよりも、フェイトFATEの方がいいか)が、
いつ、自分にやって来るかを恐れて毎日生きるよりも、
「それは地上で生活する限り、必ず、いつかは来るけれど、今は、まだ来ていない」、
と、逆に、生きている今を、精一杯、とにかく「生きる」ことを大切にしたくなります。
まず、自分に対し正直であること。
そしてなにより、今、感じている「喜び」を何かの形にしていこう、となります。
肉体があるからこそ、痛みも悩みもあります。
死んだら死んだで、そのときは、肉体のないときの楽しみ・喜び(・・・これは、
他者の肉体や感情の中に、そっと入り込んで、それを味わうことですが)を、
を味わえばいい。
生きている今は、とにかく、生かされていることに毎日感謝しながら、人間として、
他の動物にはできないこと、すなわち、もっと素敵な現実を創るために、頭脳を
働かせ、一歩ずつ、創造をしていくのみです。
国家の制度や行政システムは、私たち国民の主体的意志によって、より精度を
高めていかねばなりませんが、 現状を見る限り、
戦後の工業化社会(田中角栄時代)に完全定着した「お上」意識と、
それにぶら下がることで、安心を得ようとする「甘え」が根強く残っています。
何が起きても驚かない、慌てないココロ構えだけは、しておきたいとおもいます。
今晩は。
昨日、京都で最も古い、京都の産土、とおもわれる、田中神社の例大祭に
参加して来ました。
この神社は、 左京区にあり、京大の敷地は、もともとはこの神社のものでした。
さて、「大和朝廷」ができる前の、日本列島の物語を、考える時、
5500年前の縄文・三内丸山の最盛期から、聖徳太子の時代まで、
何を軸にしたらいいか、少し、悩む事があります。
これは、単なる文献主義では、辻褄が合わず、頭が混乱するばかりになるからです。
自分にとって、納得のできるストーリーを求めたい。
私は、いつも、自分が、頭でも、そして心でも、さらに、体でも、納得できる物語を
求めます。
こんな時、「天に訊け」と、心に響く、天空の声に従います。
今年6月の夏至では、富士山の朝霧高原に集まりましたが、これは、
「大地に感謝する日」です。 大地の恵みが、私たちの肉体を作っているのです。
それに対し、天から情報を戴く日は、いつかというと、それは、冬至です。
(北半球では)地上の生き物たちが、寝静まっているときです。
宗教が、統治の道具、国家権力と結びついていない時、世界中で、
この冬至の日こそ、あたらしい世界を迎える「再生の日」でした。
中国の天壇は、まさに、そのためにありました。
今後は、この夏至と冬至に、もっと、多くのヒビキを感じ、自分のウチなる生命に、
刻み込みたいとおもいます。
皆さんも、この二つの日、特に、冬至に相応しい、祈りの場所があったら、
そこにいって、祈り、感じてください。
そして、素敵な場所があったら、こっそり、教えてください。
クリスマスも、元は、冬至祭だったのです。 世界中に、「聖地」はあったはずです。
その地で、みんなで、感じ、祈りたいですね。
今日は、軽い気持ちで読んでください。
UFJが三菱東京に吸収されます。 ダイエーは、解体されます。
今後、西武・国土グル−プが、どうなるのでしょう。
1980年代、特に後半になって、日本の大手企業は皆、堤氏との接近を試み、
進んで関係を深めていきました。
もちろん、大銀行もそうでした。 特にいまは、みずほ銀行になっているところです。
その中で、竹下政権が誕生しました。
この内閣では、将来とも安定財源になる消費税導入を実現したため、大蔵省は、
以後、ここの政治家たちに、頭が上がらなくなりました。
あのとき、中曽根の後継者には、竹下登以外に、清和会(福田派)の安倍晋太郎、
宏池会(宮沢派)の宮沢喜一の3人が争い、その中で安倍のみが総理になれない
まま他界しました。 安倍晋三は、その息子です。
今、その子分だった小泉は、構造改革の標的を旧竹下派の牙城に定めています。
それをアメリカが応援しています。 これは、ブッシュ、ケリーに関係ありません。
そして、今、日本国内では、サル山を取り仕切る、ボスが消えています。
10年前、自民党政権を倒してできた細川内閣の立役者は、三幸建設の四元義隆
であり、この人物は、今年6月に亡くなっています。戦後のキングメーカーでした。
中曽根を大臣にしたのは自分だと威張っていた、読売の渡邉恒夫がそんなかで、
はしゃいでいましたが、引退です。
では、経済界は?
新日鉄? トヨタ? キャノン? 京セラ? ・・・・・ 所詮商売人です。
日本政府の施策の中で、自分の商売にとって都合のいい事は、進んで拾い上げる
が、それ以外に、では例えば、地域の復興ができるだけの知恵があるか、いったら、
逃げ回るのが落ちです。
今の時代、日本国内の利権調整だけではダメです。
まして、経済のグローバル化で、企業は、最適コストを求め、さ迷っています。
ボスならば、 そうしたフラフラに惑わされないで、世界中の政治家や経済人を
屈服させる、新しいビジョンを示せないと。
それも、ブッシュもシラクも、プーチンも、胡錦涛も、ローマ法王も、なにより、
イスラムと、朝鮮半島に、説得力を持たないと。
これまでの「日本のボス」では、こうした問題には、全く対応できないから、
いなくなって当然か。
で、今のところ、軍事力に前に、「ポチ」でいるしかないのか。
でも、必ず、「ある」。
地上にいるのは、同じ人間。
何のために生きているのか、何のために生まれてきたのか。
言語・習慣・国籍・人種・宗教・民族・貧富を超えて、誰ものココロの内側、
最深部の魂や遺伝子まで響く、答えを持っていない、と、「ポチ」のまま。
日本人の「宿命」、いや、「天命」か。
台風が、穏やかな日常を、破壊しています。
本来、国富は、こうした時にこそ使われるべきです。
今年のプロ野球について。
日本では、1リーグ制になるかどうか、が話題になり、海外では、大リーグでの、
イチロー、松井の活躍でした。
読売、西武、ダイエー、いずれも、日本の経済界では、
これまでは、リーデイング・カンパニーと言っていいくらいの会社でした。
それぞれ、強烈な個性を持ったワンマン経営者がいました。
ただ、やっていたことが、お粗末そのものでした。
これは人間性の問題です。
自分がする行為がどのような意味を持っているか、それを見つめる時の視座が、
下品すぎたのでしょう。
こんな人間が、日本を動かしてきたのか、とおもうとうんざりしてきます。
今、大学や高校を卒業しても自宅にいて、働きもせず、両親にぶら下がった
ままの「ニート」と呼ばれる若者が、84万人いるようです。
これ以外に引篭りもいます。
人間は、自分のココロの中に、崇高なもの、賞賛されるものに向っている、という
感触が芽生えませんと、前向きに動き出す力が、全く出てきません。
誰かが、養ってくれると、わかっていれば、それに身を任せるのみです。
そんな自分が、ナサケナイとおもいつつも、ココロに、火がつかないのでしたら、
そのままでしょう。
実際に生存面で、生きれないとなれば、今度は、なんでもするようになりますが。
ではこうした問題に、国家が何とかしろ、というと、またまた、分けの分からない、
役人が出てきます。
厳しい言い方ですが、自分のココロに、崇高な「何か」、譲れない「何か」を
もっていないと、本当に、ぼろぼろになっていくのではないか、とおもいます。
依存せず、とにかく、まず、生きている喜びを、形にして、周囲に届けていきましょう。
そうすれば、仲間ができてきます。
本当に、そこからですね。
こんにちは。
今、私たち日本が、平和憲法を持ちながら、アメリカ主体の、「対テロ」世界同盟に、
加わっています。
昨夜の報道ステーションでは、アメリカのタンパの「軍人村」が紹介されていました。
このテレビ局の情報源は、もちろん、朝日新聞で、この新聞社は、戦前、
「尽忠報国」と日本国民に「聖戦参加」を煽り、戦後は一転して、
「誰が侵略戦争に駆り立てたか」と、 180度、立場を変えた新聞社です。
今回も、911直後から、アメリカ追随の日本政府を非難し、イラク戦争反対の
立場でしたが、ここに来て、対テロ同盟賛成に、方向転換するのでしょうか?
朝日が今後、日本憲法と、この対テロ同盟における日本の役割との関連性で、
何を言い出すのか、大いに注目です。
私の意見は、既に発表しています。
まず、 「イラクに限らず世界中で、どうどうと九条を掲げよ」です。
そして、「武器は護身用なら、麻酔銃を使え。」
それも「出会う人に警戒心を与えないように、かつて忍者が使った吹き矢に
麻酔薬を塗ったものが一番。(これは、一般旅行者が持っていてもいいくらい)」
国家的には、「相手の武器を使えなくする軍事技術を、開発せよ」
そして、なによりも、もう普通の国になろうとせずに、
「世界経綸を考えるべし」 と。
そのとき、地球の人類史の中で、果たして来た日本(日本列島に生きた人間)の
役割を、きちんと、整理しないといけません。
私たちが言う「和」を、もっと、理念的にも、さらに、具体的方法論で、そして
現実に、実感できる、リアリィテイのある現実の空間としても、
日本国内(日本語の世界)を超えて、誰もが実現できる、普遍性のあるものに
変えていかねばなりません。
これには、1300年の大和朝廷の歩みが何を生み出し、何を保持し、
そこにはどんな弊害を生み出してしまったのかを、きちんと自覚し、
さらに、明治維新と、戦後に、日本社会と日本人の精神性の、何が崩れ、
その一方で、何が新しい可能性となっているのか、再検証が必要です。
そのとき、三島由紀夫の嘆きの次元では、古い日本に後戻りするばかりです。
そこには、「世界性」や「普遍性」がなかった事が問題です。
経済(資本主義)のグローバリズムの先にある、人類としての普遍性のことです。
さて、そこまで考えて、この日本の「和」のことです。
卑弥呼に代表される太陽神信仰は、日本のアマテラス神話にきちんと位置付けられ、
さらに皇室内には「斎宮」として、古代の巫女の立場が、南北朝まで続いていました。
この名残が、京都の葵祭りの「斎王代」に残っています。
紀宮さまは、この「斎宮」となられるのが相応しいのではないか、とおもわれます。
また、日本の聖徳太子の「仏教」の中に、イエスの教えが色濃く反映されています。
以下のHPは、 あるキリスト教団体のものですが、これまでの日ユ関連の知識を、
上手に纏めています。
突っ込みたい点も多いのですが、 海外(あるいはキリスト教の関係者)から、
このように日本が見られているという事実も、知っていたいです。
http://homepage2.nifty.com/j-osamu/info.html
投資日報社の「商品先物市場」誌に、再び寄稿することになりましたが、
今日は一日、頭を痛めています。
この一年を振り返ったり、今の国際情勢の深層にアンテナを張っているからです。
で、疲れます。
今、国会が開かれていますが、 私が思うに、最も肝心なことは、
国家権力に関係なく、「自律・自立」できる国民をどれだけ多く、生み出すかです。
で、 どうしましょうか。 何を目標に、これから生きるか、です。
「仲間で繋がって、 『ゴミと恨み』を消していこう」 。
これだけは、決まっています。
そして、最近、いつも聞く、CDがあります。 ウチの子供も大好きです。
ミナハハさんの、『ひとつ』です。
今日は、自分自身の頭を癒すために、その歌詞を書きます。
作詞は、高橋晴美さんでした。
「
ひとつ
空と海が とけてひとつ
あなたの心に とけて生きる
空と星が とけてひとつ
あなたの人生に とけて生きる
あなたの部屋に 野の花ひとつ
いつも安らぎを とどけてあげたい
あなたのために 何かひとつ
今日も新しく 生まれ変わりたい
人と人が とけてひとつ
今日もしあわせ 感じあいたい
国と国が とけてひとつ
その日を信じて 今日も生きる
人と人が とけてひとつ
今日もしあわせ 感じあいたい
国と国が とけてひとつ
その日を祈って 今日も生きる
」
この歌が、ジョンレノンのイマジンと同じく、
世界中で歌われる日が来る事を、信じています。
ラジオ番組をもっていると、いろいろな人に出会います。
「月下微人」に出ていただくのは基本的に芸術家が多いのですが、
カウンセラーやヒーラーの方もいます。
芸術家の場合でも、ミケランジェロやダヴィンチのクラスの天才は別ですが、
私たちが日常出会う人の場合、全ての人間から、尊敬の念を持って受け入れら
れる作品を残せる人間は、僅かです。
それが、カウンセラーやヒーラーになると、これは一対一の響きあいの世界となり、
相性が最も大切になります。
ある人間にとっては、天使であり、その人の問題を解決してくれる神のごとき存在
でも、別の人には、それほどでもない、という結果になることも多いでしょう。
そこまで断った上で、大阪の福本イズミさんのことです。
この人のいう、「ココロの露天風呂」という、考え方は、私は好きです。
人間は、これまで、巨大権力が作り出したシステムの中で生き抜くために、
自らのココロに何層もの鎧を纏ってきたからです。
知らず知らずに、本心から丸裸になることを恐れ、常識や周囲の目を気にし、
極めて防御的になって、相手に対する警戒心を解きません。
これでは、ホンモノの安らぎはありません。
そして、これまで体験したことのない事態に遭って、怯えてるのを隠そうとして、
かえって、より強そうな鎧をさらに重ね着しようとする、人間もいるくらいです。
いずみさんは、そんな人間の不正直さと上部の強さをを、ことごとく吹き飛ば
していく女性です。
そして、なんでも、今週末に伊勢の荒魂に参拝に行くそうです。
http://www.tenshinet.com/cocoro.html
彼女からの来たメールの一部です。
新井さんの知人にも、縁のある人がいるかもしれないと、・・・・。
もし、響くところがありましたら、是非、彼女と伊勢に行って見て下さい。
「http://www.fairy-blue.com/isetour.htm ・・・ ここに情報があります。
>> 大阪上本町発着の料金が、日曜日一日で15,000円です。
>> 内宮の荒魂様って、かなりパワフルにお願いを聞いてくださるみたいです。
>> 驚くような事が次々と起きているみたいです。」
<その1>
昨夜は、「月下微人」の収録の後、北白川の中華料理店「叡」に行きました。
ここは、柔らかく豊かな感性の人間が集まる、京都でも隠れた「人気スポット」です。
そのあと、一緒にいたプロデューサーが11月6日のパンフを配ってもらおうと、
広告代理店の若手とコンタクトし、その本人が彼女とカラオケで飲んでいる場所に
向かったのですが、私たちの顔を見るなり、酔いつぶれてしまい、そうこうするうち
に、12時を回り、私たちは帰宅は二時近くになってしまいました。
さて、昨日のラジオ収録では、大変、豊かで清冽な感性に満ち、しかも使命感を
もった二人の女性に出演していただきました。
両名とも、一面は普通の主婦なのですが、幼少時から芸術家の真髄に触れて
いました。 一人は「音」で、もう一人は「墨」で、でした。
日本語に、「琴線に届く」とありますが、まさに、琴の音色は、余韻が残り、それを
感じる心は、その音を出した人のココロを、その音を聴いた人がどう受け止めているか、
そこまでも感じさせるものとなります。
琴の音色が似合う街、それは本当に素敵な街です。
京都生まれで、現在、草津に在住で、琴を中心に活動する麻植ミヤコさん。
11月6日のミネハハコンサートにも、当別出演してもらいます。
環境との一体感を醸し出すのに本来、最適な音楽である日本の邦楽が、 今、
普通の日本人にとって、完全に「食わず嫌い」の状態になっていることに、大いに
危機意識と、また、 逆の意味で「希望」を感じておられる人でした。
10月25日(月)にOAです。
もう一人は、既に京都では、「21世紀に活躍する百人にいい女」に選ばれるなど、
すっかり有名人の河原林春陽さんです。
自らを「墨アート作家」と自称されますが、この方のすごさは、日本人、外国人を
問わず、墨に向かわせるときに、その人が自分のココロのなかに何を持っているか、
まずそれを、本人に自覚させることがあります。
彼女との対談の放送は、OAが11月29日になりますが、 必聴です。
彼女に触発された多くの外国人の中でも、ギリシャ系アメリカ人のイアンの話が
あります。彼女に指導された書経がきっかけで、今では、仙台松島の瑞厳寺で
僧侶になっている人のことが話されます。
<その2>
今日は、宇治川の河原で、バーベキューをしていました。
また、宇治にある白山神社にも、行ってきました。
宇治は、都人にとって、もう一つの別の人生やカルマを感じる場所ですが、
その宇治にあって、さらに、そうした人間が立っている地上の全ての存在の
根源まで感じさせるところ、とも言っていいでしょうか。
ご祭神は、白山菊理姫。 訪れる人も少なく、ひっそりとしているのですが、
私がそこにいくと「何で今まで、来なかったの?」と軽くお叱りを受けてしまいました。
また、この白山神社のすぐ脇には、平等院を立てた藤原頼道の娘で、
後冷泉天皇妃だった藤原寛子が結んだ庵、白川金色院の跡がありました。
http://www.brightonhotels.co.jp/kyoto/b_news/2003_sum/rekisi/
ここには、清流が流れ、精霊たちがたくさんいるところでした。
もうすぐ、真っ赤な紅葉で彩られます。
あと、宇治には、木花咲哉姫を祭った、県(アガタ)神社もあります。
では、又。
ダイエーが、解体されます。 中内さんは、今は何を想っているのでしょう。
最も資金を貸し込んでいたのがUFJ。 そのUFJは、三菱東京が吸収しています。
一方、西武の堤代表が、辞任です。
この人、中曽根総理のあと、竹下・宮沢・安部を面接した人物です。
そして、長野オリンピックを強引に誘致し、長野県を大赤字にした人です。
なんてことはない。
自社株買いで株価を吊り上げ、それを担保に資金を借り入れる方法、つまり、
インチキして資金をつくり、それを政治家にばら撒いて、威張っていた人でした。
バブルの発生と、失われた10年は、日本人が、天地に適った生命力を失った、
自己喪失の時代でした。 それが、竹下派の全盛のときでした。
日本には、美学や哲学を持っている政治家も事業家もいないということですか?
本当に、さびしいですね。
まあ、他人に求めず、私たちがやりましょう。
「皆神塾」 そして 「月下微人」 です。
今後は、「実」の部分でも、切り開いていきますからね。
今日は、この辺で。
最近、HPを見ていた数人の読者から、メールを戴くことがありました。
いずれも、私たちが生きる現実に、新たな「繋がり」を作ろうとするものでした。
大歓迎です。 その拠点となる、現実の「場」を創ることが、私の目標です。
99年までの世紀末、本当に未来はどうなるか、私自身も真剣でした。
これまでの文明の流れは、自然のリズム、生命の連鎖から分離するばかりで、
それから逃れようがなかったからです。 そのときは本当に、見えざる世界にも
届けとばかり、変革を祈り、さらに、実際の「権力」の仕組みを探っていました。
そして2000年を迎え、さらに21世紀になって、大きく変わりだしました。
この過程については、「911」が象徴的でしょう。
「地球環境を護れ」は、すでに、世界の誰もが納得している、大義です。
しかし、これが各自が実践し、さらに、人類全体が強制力を以って、
各国の法律や多国籍化している企業にまで働きかけることができるか、というと
まだまだ、そこまでは到達していません。
人間の命すら、大切にできない人間が、たくさんいるのが地球です。
まして、他の動植物の生態にまで、きちんと意識して行動する人間は、
まだまだ、ほんの少数派でしょう。
「911」以後、国際政治の目は、世界の貧困地帯にまで届くようになりました。
100年前は、帝国主義の時代で、国家ごとに殺し合いをしていたのですから、
大きな進歩です。
しかし、 今、私たちに課せられているのは、人間自身が、本質的に闘争を
必要としない、物的環境の創造です。
どんな環境で、どんな精神状態のときに、人間は、本当に快適と感じ、
利害関係のない他者に対しても、 自分自身のイノチと繋がっているような、
一体感を感じられるようになれるか、です。
それは、理屈ではなく、そう感じられる「現実」でなければなりません。
こうした事を話す時に、いつも聞こえてくるのは、
「新井さん、それでもみんな金に困っていますよ。これなんとかしてよ」の声です。
で、考えます。
本当に人が求めるものを提供できれば、そこに必ず、マネーが流れるはずだ、と。
今、日本国内では、マネーに関して、面白い状況が起きています。
日本国内の個人資産、箪笥預金、アメリカの年金、華僑の資金、その他、
とにかく、行き場を探して、それが見つからないお金が溢れかえっているのです。
どうも、数百億とか数千億の単位で動いているらしく、投資先を探している資金が、
今、日本の金融界には、うろうろしているというのです。
(何で、私に流れてこないんだ! これは、読者も私も一緒。)
そうした資金は、取りあえず、首都圏の立地のいいマンションやビルを買いに
行きますが、それが、日本全体の底上げにはまるで、なりません。
中国に向かった資金でも、すぐに帰って来ます。
中国の市場は、「ゴムの胃袋」です。 一時的に伸びればすぐに縮みます。
日本には、これまでの視野で見る限り、長期的に安定した資金の行き場はない
のが実情です。
本来、資金は、自らを増やしてくれるところに向かいますが、日本では、もう、
成功が見込めるところがないのでしょうか?
クルマと家電(デジカメ・DVD・薄型テレビ)が、本当に、日本国民のみならず、
アメリカやアジアの経済を本当に、引っ張るのでしょうか?
私は、かつて、アネモネという雑誌の中で、
「私たちは今、テレビゲームに夢中になっている子供たちに、その世界よりも、
面白く快適で、何時までも浸っていたい、と感じられる現実を創らねばなりません」
と書いた事がありました。
「年金や補助金、交付金がどうなろうと、これならば、楽しく、しかも、安定して、
やっていける。・・・・そうゆう地域を創ろう」、という視点がないと、
何時までも、官僚や利益団体、そして既得権をもつ集団とのいらだたしい交渉に
多くの時間とエネルギーがとられたままで、何も変わらない現実が続きます。
郵便局の解体のあとは、消費税の引き上げとバーターした形で、税で賄う年金に
なっていくのでしょうか。それでも、私はそこに「安定」も「安心」も感じられません。
「ここなら、何の心配もいらないな。衣食住でも、環境面でも、老後でも、教育でも、
精神的な喜びでも・・・。」 と感じられる「現実」を、誰かが創らない限り、
何も前に進まないのではないか、 と真剣に考えています。
もし、できたら、それは一気に広まるでしょうが、最初にできるまでが大変。
まずは、「繋がり」を深め、厚くしていくしかないですね。
悲観しても始まらない。 今の喜びを土台にするしかないですね。
皆さん今晩は。
10月は、実りの秋で、郷里から葡萄が届いたり、友人から新米が届いたり、と
とてもありがたく、我が家の家計を助けてくれます。
特に、郷里の長野県中野市の小林さんから戴いた葡萄(巨峰)は、粒はそれほど
大きくはないのですが、、味が格別に美味です。
(小林モトサクさん 0269−26−4919)
果物や野菜について、今日はひとつだけ皆さんに、お教えしたい事があります。
果実や野菜を無理に大きくしたり、糖度を高める時、よく薬品が使われます。
表面がきれいで、大きな粒は、基本的に農薬漬けです。
また、スイカや葡萄で種無しのものは、明らかに種子の成長を抑えるホルモン剤が
使われています。 これは人体でも、特に少年男子の生殖機能を抑えてしまいます。
ですから、農作物でホンモノの味を求めるのなら、そして、お子さんがいらっしゃる
のなら、あまり大きくなく、きちんとタネが入っているものがいいでしょう。
そして、これが肝心ですが、実際に食べてしまった瞬間でも、これは止めておこう
と判断する方法があります。
葡萄なら皮のすぐ下、レタスなどなら茎の中などに、もし苦味(にがみ)が感じられ
たら、これは、あまり良い土壌のものでなく、農薬の程度が甚だしいものです。
有機肥料によって、きちんと整えられた土壌で作られた、作物には、穏やかで
丸みのある甘さがあります。
なにより、口に入れた瞬間にジーンと響いてくる感触があります。
これに対し、外部から、成長促進や糖度上昇のために農薬が使われますと、
表面はきれいなのですが、甘みは刺すように感じになり、しかも、ところところで、
苦味が出てきます。
通常の生産地にある農協では、農水省の基準内の農薬は当然と考えており、
表面だけを見て出荷しますから、この内実の違いは、分かりません。
消費者が本物を食べない限り、だまされ続ける事になります。
そして、これからは次第に、直接、農家を指定して農作物を買う時代になります。
私は、時事解説をするにも、ここの問題の歴史的背景まで言及しますが、基本的
にはすべての事象について、そこに到るまでの経緯をきちんと確認したいからです。
また、自分自身については、いつでも、「信州のりんご問屋の倅」とおもっており、
これは、ささやかな誇りです。
我が家は中央青果という問屋で、屋号の「中印(なかじるし)」は、昭和30年代、
東京や大阪の市場では、味が極めてよく表記にウソがないとして、封を切らずに
取引されたほど、信頼を勝ち得ていたからです。
私のオヤジは、東京の工業高校を卒業後、日立製作所にいるときに徴兵され、
終戦後は、祖父の故郷の長野県に戻り、警察官から、人生を再スタートしました。
戦後の食糧難の中で信州から東京には、闇米・闇作物が頻繁に運ばれましたが、
それを取り締まるのが、最初役目でした。
しかし、現場の警官の自分が、必死の思いで物資を運ぼうとする零細農家を取り
締まっているカゲで、警察幹部が大手業者の物資供給を見逃している事実を知り、
警官をやめてしまいました。
そして、今度は、農家が作ったものを、小売する商売をはじめます。
次第に国家統制が緩み、米を除く、農作物を自由に国内で売れる時代になると、
農家から買った果物を、きちんと選別して箱詰めにして、トラックに積んで、
首都圏や関西圏の市場に運ぶ仕事を始めました。
私の少年時代の記憶は、すべてこのときのものです。もう40年も前になります。
そのとき、オヤジたちの会話の中では、生産地と消費地の実情が話されます。
どの市場では、どんな作物が品薄で価格が高いか、
さらに、どんな商品が評判が良かったか、そして、
次に農家の皆さんに何を作付けてもらうか、などの話を毎日、聞いて育ちました。
よって、自分にとって、青果物とは、実は、ルーツのようなものなのです。
それが、今、過度の効率、採算性を求めた結果、大変な事態になっています。
相場が悪いと、ガソリン代も出ないといって、千曲川にりんごを捨てる農家も
出るくらいなのですから。
本来、生産者と消費者が、完全に結びついていれば、価格も安定し、さらに、
作付けも順調です。
もちろん、知っている人間のためになら、農家の人たちは、丹精に心を込めて、
ホンモノの作物を作ります。
日本中で農業本来の、ココロとココロが繋がれている関係を、なんとしても、
復活したいと、つくづく考えています。
そして、農業では、天候に作用され、豊作もあれば、凶作もあります。
問題は、実は豊作のときです。 このときは、保険は一切利かないからです。
相場が下がり、かえって貧乏になることがあるというのです。
よって、そうしたときに、作物を捨てるのではなく、如何に上手に保存するのか、
さらに、加工食品にして生かすのか、こうした知恵と技術をなんとかしたい、
と、いつも考えます。
11月13日(土)。 我が家に無農薬の葡萄を送ってくれた小林さんは、
今度は、りんごの収穫祭を開くようです。
間違いなく、蜜入りの芸術作品のような、りんごでしょう。
もし、ご興味がある方は、メールで、ご遠慮なくどうぞ。
また、新井のHPを見て、知ったといって、電話してみてください。
もと、観光センターの名物オヤジだっただけに、遠来の方を大切にします。
今後は、新井信介が自身をもって、お奨めできる、お店や商品、作物、
そしてアーティストを、この欄で紹介しますね。
また、時事問題などで、気になっている事があれば、メールください。
BBSができるまでは、メールで対応いたします。
皆さん こんばんは。
昨日の書き込みに、「新井さん、あれ、重いですね」という声が寄せられました。
特に、 「この世に生を受けたのは、悟りを開くためではない。
地上の現実を創造するためだ。」
と言い切ったことに、「そこまで、言うのか」と、考えこんでしまったみたいです。
私は、皆神塾などで、いつも言ってきたことがあります。
「世の中」に対する、見かた、考え方です。
「世の中」とは何か? きちんと答えられる人間はいないでしょう。
しかし、人間がいないと、世の中はありませんから、人間たちが構成するものである
のは、間違いありません。
では、今、地球上には、何人の人間がいるのか?
63億7600万人と発表がありました。
しかし、私たちが、「今の世の中」というのは、その中の誰を指しているのでしょうか?
実際は、殆どが、巨大メディアの論評と、隣近所の風評で成り立っている、
イメージの世界に過ぎません。
一番いい例が、田舎の純朴なオジイチャン・オバアチャンで、朝と夕方の
7時のNHKニュースで、いいニュースが多いと、安心し、悪いニュースが多いと、
世の中、悪くなっていると、すぐに決め付けてしまうことです。
しかし、そのニュースで作られる世界は、真実なのか?それとも虚構なのか?
何で、確かめればいいのでしょう。
大々的に伝えれる国際政治のニュースでは、「911」や「イラクの大量破壊兵器」に
見られるように、権力者側が、メディアを使って、私たちを、どう、誘導させようとして
いるのか、困惑は、広がるばかりです。
どこに真実は、あるのか? それも、毎日の自分の日常の基盤となる真実は?
こんなとき、自分が実際に出会った人間と本音の話をした時や、かなりの時間を
一緒に過ごした時にのみ、真実が見えてきます。
それ以外は、多くの場合、思い込みや、メディアに刷り込まれたイメージです。
そこで考えます。
私たちは、一体、何人の人間と、真実の出会いをしているだろうか? と。
そして、計算をして見ます。
20歳までは、自分の友達を、自分の意志で、積極的に選べません(たまたま、
同級生とか、クラブで一緒とかいうのは、ここでは、意味が薄れます)から、
成人してからの80歳までの60年間にそれができると考えましょう。
この間に、本音で付き合える友達を何人持ったか、です。
一日一人として、一年で365人。三年で約1000人。
60年で、たった2万人です。 ・・・・ それも、毎日、確実に一人としてです。
コンサート会場ですれ違ったり、パーティーで名刺交換をしたのは、
付き合いや相互理解の濃さが違うので、ここでは、数に入りません。
真実を語りあう友たちであるかどうかが、基準です。
つまり、私たちは、この地上に60億以上の人間、日本人だけでも
1億2千800万人がいる中で、たった2万人にも満たない、真実の中で、
「世の中」を、 かってに思い描いているのです。
「世の中」を諦めたり、嘆いたりする前に、自分にとっての「真実」の世界を、まず、
どんどん、広げて行くのが先だと、おもいませんか。
そして、そのとき、注意しなければならないのは、メディアとの距離です。
メデイァは、常に、売れるもの、刺激の強いもの、権力者に都合のいいものを、
伝える傾向が強いということです。
しかし、私は、毎日、多くの凄惨な悲劇が伝えられると、必ず、その裏側に、
大きな希望となる、真実が、現実に進行しているはずだ、と確信しています。
宇宙は、動いていて、バランスを取っています。
つまり、「動態均衡」 です。
メディアが、悲劇を伝えれば伝えるほど、今度は自分が主体になって、
自分の周囲では、 喜びの物語を生んでやろう、と決意します。
しかし、これは、自分ひとりではできません。
自分が現実に出会った人との、関係性から生まれます。
それは、喜びの共振現象です。
これを、みんなで起こしていきましょう。
ウルム氷期からあと、この地球上でどんな物語があったのか、
私なりに、大分、はっきりしてきました。
そして、その物語を書く時に、どうしても避けて通れないものがあります。
私たちが生きているこの地上には、人間や動植物以外に、意識をもった、
見えざるエネルギー体が存在する、ということです。
それは、同じ周波数を受けて共振現象で増幅する、電磁波の固まりと
言っていいものです。
今から、3500年位前まで、人間はすべからく、当時のカミとともにありました。
これは、シャーマンだけでなく、多くの人間が、見えざる意識体を感じ、その声に
したがっていたといっていいでしょう。
そこでは地上に誕生した多くのイノチとともに、精霊・地霊が各地に存在しましたが、
それとは別に、人類全体に大きな影響をもたらす、3つの異なる形のチカラがあった
とおもわれます。
まず、 全てを生かし、繋がりあう、愛の力。
次に、 人間の感性を刺激し、ココロに大いに想像力を持たせる力。
そして、現実に、物質界を支配しようとする力。
以上が、この頃から、地上では、いろいろな装いで展開します。
そして、私たち人類の文明が大発展します。
私たちが、どんどん、自他認識を強め、自我を成長させていく過程で、
当初の「愛の力」が、どんどん薄められていってしまったのも、事実でした。
他のイノチと繋がっている感覚が弱まり分離され、バラバラになっていったのが、
これまででした。
この3つのチカラ、皆さんもうお分かりですね。
上から、 キリスト ・・・アマテラス
ルシファー ・・・ツキヨミ
アーリマン ・・・スサノウ
そして、時代転換の力として、シバ、サナートクラマ・・・クニトコタチ が現れます。
ただ、注意しなければならないことがあります。
これらは、各地の神話や宗教教典の中では、人名となっているので、
現実に生きた人間と同じ実在神で、時に人間個人と考えてしまうことです。
はっきり言いいましょう。
これらは意識体でありエネルギー体です。 彼らには肉体はなく、
肉体を持っている人間の中に入り込んで、三次元で作用するのです。
そして、肉体の囚われがないために、時間空間を越えて存在しているのです。
人間イエスについて言えば、 彼の人間としての肉体に入り込んでいたのが、
ホーリースピリット=聖霊のキリストであり、これは永遠のものです。
同じく、ルシファーも、アーリマンも、同様であり、これらを、私たち人間が、
自らの意識で、コントロール(制御)できるかどうか、これが課題なのです。
主役は、私たちなのです。
それゆえに、私たち人間は、常に、自分が今、どんな霊を受けているのか、
どんな霊と繋がろうとしているのか、そのことを意識していないといけません。
これは、私たちが出す、周波数や波形で決まります。
単純な波動ではありません。
自らが心から望み、日常生活で、脳や体全体から出している、周波数と波形に
合ったものが、私たちに、入り込んでくるのです。
いくら、美しい世界を望んでも、毎日がそれにふさわしくないココロのあり方や、
実際の暮らしぶりを続けていれば、この世に存在する聖霊や地霊たちが、
その人の思いに応えたくても、その人の肉体の中には入れません。
さらに、 口では平穏で幸福な生活を望むといいながら、そこに生かされている、
日々の幸福に気づかず、スリラーやホラー映画を愛好し、さらに、テレビゲ−ムの
中で殺戮を繰り返すことを喜びとする人間がいますが、そういった人たちは、
自分の心の中に、どんな周波数を蓄積しているか、その重大さを知りません。
それを楽しんでいる時に、現実に「何」を呼び寄せているか、ということです。
ただ、肉体を持つ私たちの、この世での人生には、区切りがありますが、
私たちの魂は、途切れる事はありません。永遠です。
そして、どんな運命でも、その人の人生です。
あと、私たちの周囲には、この世に二度と生まれないことを望む人がいます。
完全に成仏し、涅槃の世界(永遠の静寂・幸福)に行く事を望む人たちです。
その世界が存在することを教えたのが、インドにいたシャカ族のシッダールタで
した。 私たちは、彼の事をブッダと呼びますが、これは個人名ではありません。
この世に生きている、人間のある状態を指しています。
ブッダとは、「目醒めたヒト」であり、この世のカルマとイノチの実相を知り、
カルマを超えた、涅槃ニーエルバーナに、心の状態が届いている人間です。
それを「悟り」とも言うようですが、私はここで断言したいことがあります。
私たちは、この「悟り」を得るために、この地上にいるのではありません。
なぜなら、既に「悟り」を得た人でも、この世に存在してきた人が大勢いますし、
いまでも存在し、着実に美しい現実を創っているからです。
私たちは、あくまでも、この地上を創造していくために、今、この世に存在します。
その過程で、葛藤しながら、悟りを得ていくものもいれば、
すでに前世での経験で悟りを得たのち、自ら望んでこの世に生まれて、
創造に専念しているものがいるのです。
そして、この世の人生で最初は無知蒙昧で迷いばかりでも、ある時に悟りを開き、
見事に人生を生き抜く人もいます。
残念ながら、私は、いまだに、悟ったかどうか、自分では全く分かりません。
単なる人間です。
でも、こんな私でも、
相手の心に、今、何が入っているのか。
何で、今生に、この人は存在しているのか。
そのヒトは、何を喜びとして生きているのか。
こうした視点で、その人を見つめていれば、自分との関わり方が見えてきます。
私は出会う人との間で、自分が関わることで、その人の喜びを、実感を以って
膨らましたり、鮮やかにできるだろうか、といつも考えています。
そして多くの出会いの中では「そんな喜びには着いていけないな」と感じるときも
あるのですが、そんなときには、
「それでも、この人を存在させている意味は何なのだろう」、と静かに考えます。
分からないことだらけです。
書きすぎました。 今日はここまで。
ps: ルシファーやアーリマンは、時に、悪魔とされていることから、
日本のツキヨミやスサノウを比定するのは、おかしいと感じる方も多いと
おもいます。
私は、物理的な機能だけを言っています。
どんなエネルギーでも道具でも、付き合い方を誤ることから、悲劇が生まれます。
日本の先達は、そうした真理をよく知っていたのではないか、とおもいます。
みなさん、今晩は。
台風一過、晴れると、肌が痛いほどの日差しの強さです。
やはり、この地球に降り注ぐエネルギーが、強さを増しているのでしょう。
今、天候は、異常と思えるほどメリハリが強く、これは人間の内部においても同じで、
個人の感情や生体活動でも、健康であるか、そうでないか、はっきりしてくるでしょう。
さて、ミネハハさんとお会いして、私たちの遺伝子に、これまでに蓄積されてきた、
縄文時代からの記憶について、整理したくなってきました。
普段から大変な示唆を受け、いつもROMしている哲学者の植田さんのHP
http://8706.teacup.com/uedam/bbs
で、「玉」の話になってきましたので、いろいろ書きました。
ここで、王と玉について、少し書きます。
漢字の「王」は、「三」を立てに繋いだ文字で、
これは、天・人・地を、結ぶ存在を意味するものです。
これに、天上(これは宇宙の根源か?)から「`」が落ちてきて、
これを受け止めたものが、「玉」です。
この「`」が、一体何なのか、これが問題です。
ヒントになるのに、「大」の字があります。
これは、人形です。・・・ 大の字に寝る、の「大」。
きちんと「`」を受け止めれば、「太」。 逸らしてしまうと、「犬」。
太古の人間は、天(=理想)と地(=現実)を、如何に近づけるか、真剣に悩み、
謙虚に、天上からの智慧・命令を待ち受けました。 それが「`」。
大王の中でも、それをきちんと受けたものを、「玉」と呼んだのでしょう。
それが、いまでも、日本の天皇の日常に関わる、言葉に残っています。
玉座、玉璽、玉体、玉音、玉製、など。
漢字の「理」や、「瑠璃」、「玲」、「珠」、「球」、「玖」などの「王ヘン」は
もともと、玉の字でした。
「艱難、汝を玉とす。」
ホンモノの理想とは、何でしょう。
全てのイノチと通い合い、全てのイノチを生かすべく、
人間としての精髄・本質を発揮している状態です。
すべての動物の中で、人間だけが、想像と創造ができます。
人類は、地球生命の床屋さん。
そのときのハサミは、 科学技術 と 言語認識。
私が皆神(みなかみ)塾を主宰するのも、この自覚を広めたいと考えるためです。
今日9日は、台風22号の直撃です。
今、午後3時ですが、宇治はいたって、静かです。雨も風もありません。
しかし、東京から京都に向かう予定の友人が、立ち往生です。
飛行機も新幹線も、動きません。
まあ、これもいいでしょう。
実は、今日は、京都ではイベントが目白押しです。
上賀茂神社、そして、平安神宮横の京都会館。
何とか顔を出す、と言っていたのですが、今、エネルギーがありません。
自宅でゆっくりします。
さて、伊勢に行ったミネハハさん。 今日は下見で、明日が本番とか。
きっと、素晴らしいコンサートになるでしょう。
ミネハハさんは、11月6日のコンサートの打ち合わせに10月7日に京都入りした
のですが、会場となる「ちおん舎」で当日の出演者と会う前に、北山の大田神社を
参拝していました。
京都の一番古い神社はどこか?多くの人は、下鴨か上加茂と答えますが、
大田神社は、その加茂族が、この京都盆地に入る前からあった神社で、
徐福が日本に来る前にも、勢力を張っていた、田(デン)一族のものと、私は
考えます。
下鴨神社がある地域は、田中とか、吉田と呼ばれますが、この大田神社も合わせ、
「田」の付く地名が多く、田中神社は、全国の田中さんの総本家です。
それでは、 田(デン)とは、何か?です。
私の理解は、これは、日本に管理型の稲作栽培を始めた、渡来系の一族です。
そして、そのルーツは、古代ユダヤの失われた10支族の中の、ダンではないか、
と睨んでいます。
日本の稲作は、最新の研究では今から3000年前に始まったとされています。
世界史的には中国長江の南で、8000年前の栽培の跡(浙江省の『河母渡遺跡』)
が見つかっており、今から4500年前くらいから、その長江の河口域で大規模栽培
しています。これは良渚文化と呼ばれ、さらに3500年前には、長江上流の四川省
では、青銅の仮面で有名な三星堆文化が繁栄しました。
日本列島と、この長江沿いの稲作文化との関係は、もっと古いのではないか、
と私は考えています。
九州や山形には、良渚文化の玉璧(何も飾り模様もない、まっさらな円盤状で、
真ん中に穴が開いている玉石)と推定される遺物が発見されているくらいですから。
そうした古代の交流史の中で、田一族を考えますと、どうも、中東の古代ユダヤ
に行き着きます。 米こそは、カミから与えられた食べ物「マナ」だとして、本当に
貴重にしていたようです。
それは私たちが、米をマイと呼ぶ、言葉に残されているのではないでしょうか。
最初の米は、赤マイです。 これは今でも、対馬地方に残っています。
よって、日本列島での稲作の栽培は、当初は九州や対馬で粗放型栽培が始まり、
それが、後から管理能力に優れた部族の到来によって改良されていきます。
たぶん、中国大陸にきたユダヤ系の一族が、古代マイの安定した栽培方法を確立し、
彼らが、種籾を持って若狭湾に入り、その地の先住者たちと豊かな食生活を送った
のではないかと思われます。
・・・ それがダン一族。 全国の田中さん、田辺さんや、山田さん、中田さん、
太田さん、川田さんなどのご先祖様ではないか、とおもわれます。
そうした、ダン一族と、先住の大シャーマン(スメラミコト)との合体を伝えるのが、
元伊勢・籠(この)神社の奥宮の、真那井神社に違いありません。
私は、7日に、京都駅でミネハハさんを出迎えた後、日本の最古層の文化に、
いかにして多くの渡来系の文化が融合していったか、について話していました。
聖徳太子から天武の時代に大和朝廷が成立(「記紀」。大宝律令など)していく
遥か昔、 縄文時代からの物語を話しながら、プロデユーサーのアレンジどおり、
彼女を、天岩戸神話で最も大切な役割をしたアメノウズメのいる大田神社に、連れ
ていったのです。
そのとき、内側jから何かがこみ上げてきて、歌を披講したくなりました。
そこで、アメノウズメを句の上に据えて、何とか一首捻り出し、声にしました。
<アメツチ ムスブ 歌姫を迎えし時に、歌う歌>
「
愛に満ち
めぐりあいては
うみいづる
すすみゆく世の
めでたさ うれし 」
そのあと、すぐ隣の愛染倉で食事をしていると、
アメノウズメの夫のサルタヒコさんにも歌わないといけないな、と感じ
「
運命(サダメ)知る
瑠璃に煌(きらめ)く
玉響(たまゆら)よ
ヒトみな包め
ココロ潤わせ 」
これらは、すべて、ミネハハさんとの共振現象でした。
今日は、ミネハハさんを、 龍安寺と泉涌寺にお連れしました。
龍安寺の石庭・・・なぜ、龍を安んずるのか、私の解説をしました。
そして、渡月橋を渡って昼食をとったあと、泉涌寺の楊貴妃観音。
泉涌寺は、皇室の御寺です。
玉座をみた後、ミネハハさんは、カゲたちに求められたといって、
さらに奥にある、歴代天皇が祈りを捧げたご本尊が集められているお堂の入り口で、
「君が代」を、静かに歌いだしました。
「君が代」が、これほどまでに、透き通って輝いて聞こえた事はありませんでした。
潤いに溢れ、多くのイノチが蘇ってくるようでした。
まさに、泉涌寺そのもののでした。
本当に素敵な一日でした。
追伸:
ミネハハさんとの対談は、来週と再来週、10月11日、18日の深夜24時、京都市内で、
ラジオカフェ79.7hz 「月下微人」で、聞く音ができます。
11月6日、ちおん舎での「月下微人」コンサート。
ここに来た人の人生は、間違いなく変わると、お約束できる。
・・・ それを今日確信しました。
皆さんこんにちは。
昨夜は、広島からクルマで宇治に戻り、その後、京都の三条に向かいました。
「月下微人」のプロデューサーからの呼び出しで、10月2日に伊勢のサルタヒコ神社
のお開き祭りで知り合ったミュージシャンに、是非、番組に出演してもらいたいので、
事前打ち合わせということでした。
正直言って、このときは小生にエネルギーがなく、また、お会いした会場が,
一応ライブ会場だったのですが、何か淀んだ空気の感じがして、そこでは、
その芸術家の魂にまで、私のアンテナが伸びませんでした。
そして、今日午前に、エネルギーいっぱいの状態で、収録しました。
ゲストとしてお迎えしたのは、札幌在住の音楽家・作曲家の三上敏視さんと、
東京生まれのヴォイス・アーティストの高藤アヤコさんの二人でした。
二人で組んだ演奏活動は、MICABOX の名前で行っているそうです。
結論を言うと、今日の収録は、とても楽しく、日本人にとって、世界中の音楽シーンに
新たな、新地平を広げる可能性があるのではないか、と実感させるものでした。
何より、三上さんが、最も楽しんでいる世界が、そのときに実在を感じている、
「見えない神への奉納」の音楽であるからです。
そこでは、自分が感じている最も素敵な喜びと感謝が、表出します。
よって、そこにあるのは、どこにも間違いがない世界となります。
伊勢のサルタヒコ神社のお祭りの様子を収録したCDも聞かせてもらいましたが
透き通ったのどかさと、喜びに溢れていました。
三上さんは、日本にあった、本来の自然な感情表現のリズムを、
日本の神楽に求めました。
それも、僻地に残る物ほど、独特のリズムがあります。神楽の題材は、
多くは、「記紀」神話が中心になっていますが、これは、権力者たちを前にして、
以前の各地の豪族・部族の物語が消えて言った結果でしょう。
しかし、この独特の節回しには、多くの秘密が隠されていそうです。
彼らのCD「ひねもす」は、必聴でしょう。
参考までに、日本の神楽を研究したHPがありますので、紹介します。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-sato/index.html
あと、三上さんが、見つけた女性歌手の高藤さんのことです。
ヴォイスアーティストとは、 細野晴臣さんがつけた、肩書きです。
なにより、彼女の声は、神秘的で、不思議です。
低音域で、かすれたハスキーボイス、そして、 高音域では透明でとても伸びやか
なのですが、そこに、何かが生きている、蠢きや賑わいが感じられるのです。
何か、声の向こう側に、多くの精霊たちが、ごそごそ楽しげに歌っている
感じがしてならないのです。
彼女は、農作業や漁など、人間がこの地上で生きている暮らしの中で、
心から自然に出てくる感動や感情を声にしていきたいと、いいいます。
どこかに先に決められた五線譜やお手本があるのではなく、今、自分が体で感じ、
心をよぎる「何か」をそのまま歌いたいといいます。
その所為でしょうか。
聞いている人間まで、自分が透明になっていく感じがするのです。
MICABOX は、大化けするかもしれませんよ。
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/
あと、明日は、ミネハハさんが京都に来ます。大田神社に行く予定です。
こちらも楽しみです。11月6日に、コンサートがあります。チケット、よろしく。
このHP左に、新たに「月下微人」の枠ができました。ここをクリックしてください。
2日の熊本では、会場が満員になりました。
ありがとうございました。
翌日3日は、親しい仲間と、日本史と阿蘇について研究しました。
講演会でも話しましたが、今年4月に、日銀による為替介入が終わった後、
各国の中央銀行から、全く別枠の資金が、供給され始めているようです。
ただ、そこには、本当に、地球環境と、民族文化を復興させる願いがあるとのことです。
真に、未来を慮る人間は、過去の真実を踏まえ、まず、今の自分の生活を
純粋な喜びで、充実させていきます。
何べんも言います。
私たちの今の思念、判断、言動が、そのまま、次の瞬間の今、つまり、未来であり、
間違いなく、63億7000万分の一の、未来になっているのです。
未来を不安がっている人間は、今に生きていません。
そして、常に、他者に頼りたがっているだけです。
自分の未来は、まさに、自分の中にあります。
自律と自立。想像と創造。 です。
明日、夕刻には京都の方に戻ります。 ではまた。
あ
今日の熊本の会場が変更になりました。
詳しくは、主催者まで問いあわせを。
090−1080−5773 福島さんです。
もうすぐ熊本に着きます。
さて、私にとって、最近、気になっていることがあります。
日本の公教育の場面で、日本史と世界史を分けて教えてきたことの、功罪です。
人類史、地球史の視点を持たず、なぜ、日本とそれ以外を分断して教えてきたか、
です。
これは今でも、私たちの意識の中に、日本人だけは特別だ、との感情や、さらに
物事を判断するに当たり、特殊な理性を持たせます。
そして、この日本史と世界史を分けているものは何か、と突き詰めて考えますと、
天皇がいるか、いないかです。
実際に天皇がいつ生まれたのか、この問いに体制側の教育現場の人間で、
きちんと答えられる人間はいないでしょう。
2664年前から、というのは戦前であり、いまでは、あいまいなままです。
一つだけ言っておきましょう。 天武天皇の時から、「天皇」と呼ばれたと。
それ以前の、天皇らしき存在が、どんな呼び名で呼ばれ、どこにいたのか、
そして、その立場の人間がもってい権威とは、何によって作られ、その正当性の
継承は、いかなる形でなされたのか、誰もまともに、書き著していません。
いや、調べようともしてきませんでした。
多くの由緒ある神社といえども、大体が天武のときの創建であり、それ以前の話は、
権威者とされる人間ほど、答えることを逃げていました。
江戸時代の日本人は、海外にどんな歴史があるか、あまり意識はしてきません
でしたが、どの家の先祖が中国や朝鮮半島から、いつごろ日本に来て、天皇家と、
どのような関係を持っていたか、それは、家の格や家柄を語る、根拠となっていました。
「明治」になってからは、対外政策の関係上、西欧世界の歴史も知る必要があり、
ここに、日本史と世界史が、完全に分けられます。
さらに、その世界史の中では、西欧史と東洋史が完全に分離されました。
ここに、中央アジアや中東は、最初から抜け落ちてしまいました。
明治政府の人間は、いつも威厳に満ちた肖像画をたくさん残しましたが、これは
徳川時代の統治方法、公家の権威、さらに、西欧の文明と、いずれに対しても、
劣等感の塊となっていたことの、裏返しです。
これがいまだに、続いています。
さて、こうした歴史性を全く意識できないのが、ゼニカネだけで動く人間です。
その時点でのゼニを稼ぐことだけが目的化したとき、時間軸とは、人間の生き様を
伝える大切な心の物語から離れ、金利と一体化した単なる物差しのみとなりました。
こうした人間には、美と人間の技の結晶である、芸術すらも、味わうふりをして、
売り買いの対象として見るのみです。
今、地方の活性化が問題ですが、この問題は、深く歴史を掘って、地球史、世界史
の中での物語を作ると、新たな可能性は開けます。
人間は本来、自分が暮らすその地方で、その地域に生きている人が、永続性を持った
暮らしができれば、それで本来、統治の目的は達成されます。
そこに、地球の大きさを直接感じるストーリーがあれば、大変な自信が持てます。
しかし、今の地方行政は、銭金ばかりとなっています。
なぜ、住民を増やすことや、財政収入を増やすこと、すなわち、数字上の拡大を、
強引に求めるのでしょう。
こころの中で自分の可能性が広がり、日々の生活に現実面で十分な手ごたえが
感じられれば、劣等感に関係なく、喜びが味わえます。
今は、過度の拡大志向が、環境を壊すのみならず、人間の意識の中から、
その土地にあった歴史物語や、自然と一体化したときに生まれる、極めて清純で
穏やかな文化性を、失っています。
日本の場合、それでも、天皇が日本全体の自然崇拝の祭祀の中心であり、
国家の近代化が進む中でも、こうした意識がかろうじて、そして歪んだ形で、
守られていたのが戦前の日本でした。
三島由紀夫の嘆きは、日本人が本来の文化性を失ったことにありました。
(「神々の軍隊」三五館 は、三島の嘆きと日本軍、財界の関係を掘り下げています)
しかし、三島は、この日本史と世界史を融合させる地球史の視点にまでは、
意識が届きませんでした。
三島は、商業主義で目先の物質的豊かさの幻惑に犯され続ける日本人を嘆き、
この世に生を受けた意味を国民に自覚させようと、魂に響く「存在」のありかまで、
気づかせようとした天才でしたが、
天皇に関する認識が願望の次元を超えられず、歴史的な本質が掴めなかった
ため、未来が見えないまま、自己閉塞の中で、自殺しました。
私たちは、彼を、乗り越えなければなりません。
もちろん、人間と自然の間にある、美を礼賛し続けた、川端康成や芥川龍之介
たちの魂に報いるためにも。
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