2006年12月31日

2006年、最後になりました。

 大晦日です。

今年は、6月に、株式会社K2Oを設立し、新たなスタートの年でした。
又、財団法人の理事にもなりました。

一年を振り返って、やっと、今年になって、本来の自分に戻った感じです。
まだエンジンを、かけ始めた所です。

経済のほうは、すっかりグローバル化し、産油国に大量の資金が流れ、
今、世界経済は、更なる拡大の時期に入っています。
その中で、日本と中国の比重は、ドンドン高まっています。

地球上に、安価な工業製品を提供しながら、自国を強烈に市場経済化させる中国、
そして、環境対策技術を全世界に広める日本

この両国が、本当に、損得の次元を超えて、共通の理想の下に協力関係が築け
れば、それは、まさに、「アンゴルモア大王」の出現となるでしょう。

しかし、その前には、「共通の歴史観」という、大関門が待っています。

現状では、ここが、まったく、突破できていません。

中国も日本も、それぞれの国の、統治体としての、出発点と、文化の核心を
きちんと抑えることから、始めないといけません。

 日本はどうか? 私たちの国、日本とは、そして日本人とは、何か?

日本列島で生まれた日本語を話す人間が、天皇とともに平和を願い、
先人が残した文化を大切に継承しながら、次々と、人々を幸福にする、
何らかの価値や富を生み出す人間でありたい、と思います。

今年、悠仁さまが誕生し、「萬世一系」を声高に叫ぶ、皇室典範改正反対論は、
一旦は陰を潜めていますが、 日本誕生の歴史事実は、神話を参考にしながら
も、厳然と、真実で、その過程を、認識しないといけません。

 私自身の中では、7世紀の天皇誕生や 日本語成立の背景を考えると、
逆にそれ以前の、世界性が甦り、 私たち日本人の存在そのものが、 実は、
地球一体化時代を、先取りしていたのではないか、と感じられるのです。

 20世紀後半に最適工業社会を作り出した日本人は、最初に環境破壊を体験し、
また、環境回復技術も開発しています。

今、世界中に日本式生産方式だけでなく、和食に、日本のアニメなどサブカル
チャーも急速に広がっていますが、これからは、サブではなく、日本の本当の
メインカルチャーが、世界から求められてくることでしょう。

それは、「和」のこころであり、「お茶」「お花」「能」の核心部分の表出となるでしょう。
もちろん、なぜ、それが生まれたのか、その説明も欠かせません。

私は、改めて「天皇論」が、日本中で、外国人に向けて、話される日が近いので
はないかと、予感しています。

日本人だけの特殊なもので、外国人には分からないもの、という、説明では、
完全に失格です。

「それだったら、自分も分かる。その理解の輪の中に入りたい」、
外国人から、こう思われる天皇像・天皇に対する理解があってこそ、
日本人は、真に、国際化します。

そして、国際社会での、リーダーシップも取れるでしょう。

江戸時代までの天皇は、仏教徒でした。
明治からの天皇は、武家の棟梁でした。
人間宣言後、天皇は、象徴です。

で、本質は、何か? です。

皆さん、来年も、大いに話しましょう。

Posted by Arai at 19:43 | Comments (0)

2006年12月28日

仕事納と来年予定、ラジオ番組

 こんにちは。

2006年ももうすぐ終わり。   今年もいろいろありました。

21日の冬至のイベントは何とか乗り切ったのですが、そのあとがいけません。

カゼで、喉がやられてしまい、 まるで、踏みつけられたガマガエルのような声で
ここ3日間、過ごしています。

やっと、回復し出しましたが、せっかくの美声が台無しです。

そんな中、 25日に東京に来てから、K2Oのあいさつ回りです。

で、 お知らせです。


 来年、1月20日(土)   東京の八重洲ホールで、 「皆神塾」です。

テーマは、 「現代に投影する、古代」 です。

 今の、北朝鮮問題も、また、満州の問題も、 どうも、古代からの因縁がある、
 という視点から、 真相を話したいと思います。

また、 来年からは、私の郷里の長野県で、 ラジオ番組が始まります。

 SBCラジオ  『中野発・歴史再発見』  1月7日(日) 9:45〜10:00am 
 以後、 毎日曜日のこの時間帯です。
 
実は、最近、確信を持って分かったのですが、
信濃(長野県)と、私の住む宇治が、意外なところで繋がっているのです。

番組自体は、中野の持つ秘密の公開ですが、 これには、日本神話の背後にある、
多くの「不思議」を解明していく作業になります。

 例えば、 戸隠山には、 天の岩戸開きで登場する、タジカラノオ と、オモイカネ
が祀られています。 
神話では、「九州の高千穂から、この戸隠山にまで、岩戸が投げ飛ばされてきた」
ことになっているのです。   これは何を意味しているのでしょうか。

 また、日本書紀には、 天武天皇が、都を移そうと、戸隠の奥の鬼無里村に
調査員を派遣したことが出ているのです。  これは、一体、何か?です

また、番組の中では、 来年のNHK大河ドラマ『風林火山』のクライマックス、
「川中島の合戦」についてまで、話します。

北信濃は、飛鳥・奈良時代までは、日本で最初に開けた馬の産地でした。
そして、古代は、信濃川〜日本海を通じ、大陸と繋がっていました。 

川中島の合戦のときに焼かれてしまいましたが、多くの高句麗系の寺院が、
この地方には、ありました。

番組内容は、インタネットでも観れるように工夫する予定です。

中野は、日本人なら誰でも歌う名曲「故郷」が誕生した、原風景の舞台であり、
ここから、多くの音楽家が出ましたが、同時に、名僧もたくさん出ています。
その中に、京都の妙心寺を作った、無相大師がいます。
 また、彼を見出した夢窓疎石が、若いとき、修行した地でもあります。

すぐ隣町の小布施は、北斎と栗で既に全国区で有名になりましたが、 
江戸時代に天領だった信州中野は、これからです。

お楽しみに。

Posted by Arai at 15:36 | Comments (0)

2006年12月24日

クリスマスに、話題2つ。

 イエスのことではありませんが、ちょっと気になること、 二つ。

1) 六カ国協議。

  北を会議に引っ張り出し、6つの国代表が、会っただけの会議でした。

  北朝鮮は、「金融制裁を解かないなら、話に入れない。」

  これは、彼らにしてみれば、「国家の生存保証を先ずしろ」 と、言って
  いるのでしょう。

  議長国の中国、 しかし、まあ、北朝鮮から、舐められたままです。

  北朝鮮は、アメリカが本気になれば10分で壊滅できる軍事力と、その大義を
  もっている状況なのに、それをさせないでいる中国を、全く、重視していません。
  (というより、そんな次元でないということなのでしょうが)

  オリンピック開催が困難になる事態を、絶対に引き起こさない、 
  これが、 胡錦涛政権の至上命題です。 
  
  そのために、アメリカにも譲れば、そして、 北朝鮮のわがままを、これまで
  かなり、放置してきました。 

  彼らの言葉で言えば、これまでの北朝鮮問題は、
  「麻煩(マァファン・・・めんどくさい)」か、「小事情(シャオシィチン」だったでしょう。
 
  しかし、それでは、完全に面子を失います。 

  今年は、これで、三連発。 
  ミサイル発射  核実験  そして、 六カ国協議の醜態 

  オリンピックに影響が、出ない形で、どう、解決するか?
  私は、来年の早い段階で、何かの動きがあると思います。


2) ノーベル賞受賞者の野依先生

  「塾は禁止すべきだ」と、教育再生会議で発言したとか。

  これは、正鵠を射ていますが、ある意味、残酷な発言です。
  
  何とか、無理してでも大学に入れば、道は開けるはず、という夢を
  否定するものだからです。

  実際問題、大学入学前に、他にある欲求を封じ込めて、無理して、
  受験テクニックを身につけ、何とか志望校に入ったからといって、
  それが、その後の人生で、どう活きてくるか、分かりません。

  野依先生は、若い時期に、受験テクニックの習得にのみ、生命力が
  使われ、それで、擦り切れてしまうことを、心配されているのでしょう。

  また、本来の潜在才能のある若者が、極度に、テクニックが要求される受験
  問題の為に、本来の学問の舞台から排除され、開花されず終いになり、
 
  また、その反対側には、大学に入ったものの、既に、エネルギーが擦り切れ
  ていて、その後の、創造性や自主性が全く働くなっている大学生が多く見られ、
  そうした実態を、嘆かれてのことと思われます。

  私は、 「塾を禁止」するのではなく、 大学の入学枠を、広げればいい、と
  考えます。 その代わり、授業内容では、絶対に妥協せず、着いてこれない
  ものは、自然と教室から離れます。 

  特に、毎週、必ずレポートを提出させ、できの悪い学生は、3ヶ月ごとに、
  篩い落としていけばいい。
 
  学生側から見たら、卒業するのに、10年かかってもいいではないですか。
  単に、企業が求める求人の年齢枠に間に合わせるのではなく、 本当の
  学力・ 問題発見と、解決能力が身につくのですから。

  それよりも、大学が、今、遊び場になっていることが、問題なのです。

  私の提案だと、本当に、大学は学び舎になります。
  で、そうなったらなったで、日本のことですから、今度は、
  各大学で、単位をとるための「塾」が 発生するかもしれません。

  また、レポートの代筆屋も出るかもしれません。

  でも、口答試験や、自分の研究を発表させる場を、多く作ることで、
  学生本人に、本当の力が付くでしょう。

  初等教育で言えば、小学校のうちは、すぐ目の前やすぐ横にいる仲間や
  大人と、どういう人間関係を作るのが、理想なのか、そこに、最大の重点を
  置いていたいと思います。

 今の日本では、実際に、銃火飛び交う戦場に若者向かうことは、
 自衛隊や海上保安庁に就職しない限り、まず、ありえませんが、 
 学校で、 いじめで、 死に追いやられる事態があるというのは、 
 
 これは、まぎれもなく、 戦場 です。

 小中学校は、いつ戦場に変わるかもしれない。 このくらいの用心深さを
 もって、毎日を見つめたほうがいいのではないか、とも思えるのです。

 全く悲しいことなのですが、 事態は、そこまですすでいると思います。

 人生は、命あってのものです。

 死んだのでは、取り返しがつきません。
 また、加害者の側に立つのも、罪を背負い続ける、惨い人生になります。

 「ランク付けして、上下に見る。」

 これが、受験の影響で、子供の日常空間を、戦場にしているのでしょうか。

 いや、大人の社会もそうなのでしょうか?

 私などは、失敗続きで、親にも、妻にも、子供にも、全く顔向けできない
 人生を、 これまで送っています。

 ランク付けしたがる人から見たら、どの枠にも、入らないでしょう。

 でも、こんな自分を、生かしてくれている、カミサマというか、運命に感謝
 しています。
 また、私自身の経験と、多くの出会いから学んだ「話」に興味を寄せ、
 その次を期待し、求めてくれる方が大勢います。

 自分にできることは、とにかく、人類全体の65億分の一。
 ささやかですが、間違いなく貴重なのだ、と自分自身に言い聞かせています。

 人間、擦り切れたり、焼切れたら、終わりです。
 又、何もしないでいて、錆び付いても、それも終わりです。

 まあ、一つずつ。 

 

Posted by Arai at 18:51 | Comments (0)

2006年12月23日

明日は、クリスマス・イブ

 今日は、家族で、ミネハハさんのコンサートに行ってきました。

熊野にいる、天女座の紫帆さんや、富士山の写真家のロッキー田中さんとの
ジョイントで、新しい趣向で、これは、分かりやすくていいな、と思いました。

昼の部は、席が満席を越えて、予備席を出し、消防署から注意があって、
私は、立ち席になりました。

まあ、めでたしです。

明日、クリスマス・イブ。 我が家は、大掃除です。
家族で全員で、ゴホゴホしていますが、やることはやります。

ここ2週間、ずっと、日本の国家の始まりを考えています。

天智と天武のことです。 この二人は、本当に兄弟だったのか?
また、どこで死んでいるのか?

この二人が、全く違う、性格、或いは、出自、もしくは、行状の人間だったことは、
次の事実で、明白です。

 ・東山九条にある 皇室菩提寺=御寺(みてら)の泉湧寺(せんにゅうじ)では、
  実は、 天智天皇と、その子孫しか、弔われていない。

 ・天武系列は、完全に外されています。
 
 ・一方、境内には、唐の玄宗皇帝に関係する、楊貴妃観音菩薩があります。
  ここは、日本で、唯一つ、「美人祈願」のお札がもらえるところです。

で、考えます。

では、天武天皇とその子孫の天皇たちは、どこで弔われているのか?
いや、そもそも、天智より前の天皇は、どこで、弔われているのか? と。

天武の子孫なら、聖武天皇は、奈良の大仏を作ったが、彼は、泉湧寺に
弔われていないのだ。

仏教のことは、聖徳太子からというけど、法隆寺は、本当に聖徳太子を
弔っているのかな?
長野善光寺の方に、馬子の娘・刀自古郎女が太子を弔った伝承がある。

ウマヤドの皇子だから、太子伝説には、間違いなく、イエスの物語が投影されている
ことでしょう。

ここで、強調したいことは、 日本の皇室を語るときの
「萬世一系」とは、日本国をつくるときの、  政治概念だったということです。

事実は、この天智・天武だけを見ても、完全に、論理破綻しています。

冷静に、統治機関としての日本国の出発を見極めたいものです。

その一方で、縄文時代からの霊系統も、きちんと、見極めたいと思っています。

聖なるヒビキは、太古も今も、私たちのすぐ横に、降っている。

  ホーリー イーンファン ソ テンダー ・ ・ ・ ・

Posted by Arai at 23:59 | Comments (0)

2006年12月20日

冬至の明日、イベントです。

 こんばんは。

いよいよ明日は、 私、 武智朋子 竹本大亀 高瀬川薫 による、

初めてのコラボレーションです。

テーマは、「 冬至 と 命、 光」となるのでしょうか?

私が、明日の持つ意味を話します。

それを、ピアノ伴奏では、世界でも屈指の感性を持つ名手、武智さんが、
バッハの音律で清めます。

そこには、 高瀬川さんの、神秘的な光が、漂っています。

さらに、3千年の時を越えて、太古の人間が、この日に何を感じていたか?
それを、書家・竹本氏が、古代文字にします。 

冬至は、一年の区切り。 太陽が生まれ変わる日でした。

きっと、1800年前には、この愛染倉の地では、岩戸開きの時の主役だった
アメノウズメが、体中をアンテナにして宇宙のエネルギーを交換し、生命波動
そのままに、うなるような声を出して、大いに、踊っていたことででしょう。
(愛染倉のとなりには、 アメノウズメを祀った、大田神社があるのです)

冬至の日は、過去もそして、今の21世紀も、神聖な日です。

この日に、私たちは、何を感じ、何を、見つめるかです。

 今、「力の時代」が、ようやく終わりました。

これからは、どれだけ人を喜ばせられるか、 その勝負になります。

それには、まず、己自身の、内にある「光」を 知らねばなりません。

 「自分は、どんな、星の下に生まれたのか?」

この言葉の持つ、最高にロマンチック意味を、明日は、惜しげもなく、
お話いたします。

 是非、北山の愛染倉で、お会いしましょう。 夜7時スタートです。
http://www.azekurakankou.co.jp/

Posted by Arai at 17:47 | Comments (0)

2006年12月18日

楽しみです。日中共同研究

以下のニュース。 本当に楽しみです。
政治の場で、日本国の出発や、この前の戦争の真相が、どこまであきらかに
なるのでしょうか?

以下、引用。

<<<歴史共同研究委員を発表 日中、26日から初会合>>>

 塩崎恭久官房長官は18日午前の記者会見で、日中歴史共同研究の日中双方
の委員各10人を正式に発表した。日本側座長は前国連次席大使の北岡伸一東
大教授、中国側座長は、歩平・中国社会科学院近代史研究所所長が務める。
26、27の両日、北京で初会合を開く。

 日中歴史共同研究は、安倍晋三首相と胡錦濤国家主席が10月に会談した際の
共同声明で、年内に開始することで合意、11月の日中外相会談で、古代・中近世
史と近現代史の分科会を設置することが決まった。

 塩崎氏は「客観的な認識を互いに深め、相互理解を増進することが目的で、議論
がオープンに行われることに大変重要な意味がある」と指摘した。

  2006年12月18日13時08分

Posted by Arai at 20:24 | Comments (0)

2006年12月16日

日本建国と、天智・天武

 こんばんは。

日本という国家について、です。

この国は、一体、いつ、誕生・成立したのか?

日本は、自然発生国家か?

戦前までは極めてハッキリしていました。 日本国家は、BC660年の2月11日
に、神武天皇が奈良の橿原に来て建国した、と国家が堂々と宣言し、
それを、国民教育によって、国民に強制していました。
日本民族が始まった紀元と言う意味で、紀元節といいます。
このことに少しでも疑いを持つ人間は、非国民でした。

しかも、これを、朝鮮や満州の人間にも強制したのですから、今、考えると
当時の為政者は、時間的な検証については、何の根拠も無いのに、
「本当に、いい根性していたな」と思います。

昨日、教育基本法の改正案が成立しましたが、文化の主体でなく、統治体と
しての、日本国家について、 日本の始まりを、いつ、にするのでしょう?

「公」概念の成立を、どの基準から話すべし、というのでしょう。

日本の天皇家に関して言うなら、南北朝の問題もありますが、この存在が
一体、いつから始まったのか、です。 
その前に、 天智と天武の問題あります。

白村江の戦いで敗れた後、 天智が即位します。

そして、この天智が急死した後、 壬申の乱が起こります。

「日本書紀」では天皇の弟とされる天武が、天智の息子の大伴皇子に
勝利します。 
で、この後は、道鏡事件で有名な称徳女帝まで、天武系の天皇が続きます。

どうも、なんとしても、この天武の血統だけは止めさせたいという意志が、
日本の為政者の周囲にはあったようで、女帝の死後は、光仁、そして桓武となり、
平安京が開かれ、 以後、天武系からは、全く天皇が出ていません。

「天皇」の呼称が、いつからつけられたのか? これは、天武からというのが、
学会のほぼ一致した意見であり、もはや、定説、といっていいでしょう。

倭国の大王(オオキミ)が、 まず、天皇(スメラミコト)になり、
その後、 国名を、倭から日本とします。(聖徳太子の時は、まだ、倭王です。)
これを、海外(ここでは、則天武后)が承認したのが、702年です。

BC660年の神武即位が、歴史的に全くデタラメだったと分かっているのなら、
私たちは、それに代わる、21世紀版の、「日本建国」記念日を、正確に、割り出し、
それを、国家の始まりとして、たたき出さねばなりません。

私には、今回の教育基本法改正案の審議より、この件を、日本国民が総動員で、
議論したほうが、日本社会全体に、よっぽど、まともな「公」概念が生まれるのでは
ないかと思います。

 で、そのときには、間違いなく、東アジアの当時の盟主だった中華皇帝に対し、
初めて、対等関係を確立した聖徳太子が話題になるでしょう。
 この人物は、倭王だったのか? 隋書では、アマ・タリシヒコですが。

 しかも、この人物の思想的後継者が、一体、誰だったのか?
これも大問題です。 
中華の皇帝に、ペコペコでは、昔の倭王であり、天皇ではありません。

その意味で、 天智と天武では、その実像はどうだったのか?

私も、やっと、見えてきました。

不比等が「日本書紀」を纏めるまでは、 日本列島に生きる人間にとって、
周囲の海は、 完全に開かれた海の道でした。
よって、半島とも大陸とも、生活圏としての意識は、いつも、繋がっていました。

それが、大宝律令ができて、天皇権が確立し、しかも、その天皇に関し、
ずっと、日本列島内で発生した「萬世一系」の家族だとする物語が、
暴力をもつ統治体と完全合体することで、がらりと状況が変わりました。

 列島人にとって、初めて、この島国を囲む「海」は、日本列島を、完全に、
海外から隔離する、防波堤であり、生活圏を色分ける国境になって行きました。

 不比等を支援したのは、女帝の持統天皇でした。彼女は、天智の娘であると
同時に、また天武の夫でした。

私は、この4者の関係の中に、 日本建国を特定できる「何か」があると
睨んでいます。  

Posted by Arai at 22:06 | Comments (0)

2006年12月15日

日本での孫文

 こんにちは。

帰国しました。 今回、北京で、中国の若い人たち、それもかなりの教養人で
将来の指導者たちと、いろいろ話してきました。

そして、はっきり分かったことですが、彼らが、中華民国ができた1911年から
中華人民共和国ができる1949年まで、中国が国際的にどのように見られて
いたか、偏った知識しかもっていないことでした。

 この間、中華民族を代表する政権が何で、その担当者は誰で、どんな発言
していたのか、どうも、 そのときの事実は、すべて、現在の共産党の指導の中で、
選別されているようなのです。
 
 抗日ゲリラ戦争のことは、よく知っているのですが、中華民国政府の権力移動は
孫文〜袁世凱〜徐世昌〜孫文〜蒋介石と、あまりに複雑なせいもありますが、
ほとんど教育されていません。

 もちろん、私たち日本人にとっては、この20世紀前半は、大日本帝国の軍国主
義が破滅していく過程であり、学校で教えられることもなく、また、知らされない事実
も、多いでしょう。
 
 しかし、国家の指導者には、自分なりの理解、すなわち歴史観が必要です。

 で、今回、私は中国の新しい友人たちに、今年、中国がチベットまで鉄道を通した
ことを祝して、「これで、孫文が言っていた国家建設の目標が、胡錦濤さんになって、
達成しましたね」と、大いに評価しました。

 孫文は、1911年10月に辛亥革命がおきるとデンバーからすぐに南京に戻り、
翌年元旦、中華民国の成立を宣言し、漢・満・蒙・回・蔵の「五族協和」を提唱し、
新しい共和制の国づくりを目指します。 そこで、全国に鉄道を行き渡らせる
構想を発表します。

 しかし、軍権を握る、袁世凱に追われ、再び日本に退避し、その後も、中華民国
内の軍閥抗争ではじき出されてしまいます。彼が中国国内で政治的に影響力を
回復するのは、広州に、周恩来と蒋介石を従えて、第二革命の拠点も持ったとき
です。 その間、海外での孫文の評価は、複雑でした。

 孫文は、辛亥革命が起きる以前には、自分への革命支援を求めるために、
いつも、「満州族を、万里の長城の向こう=満州に、追い返したい」、といい続け、
その熱意に打たれた支持者から、「では、その満州の地は、誰のものか?」と
問われると、 「皆さんにお任せします」とか、「一緒に開発しましょう」とか、
場合によっては、「譲ってもいい」とまで、言っていたようです。

(この部分、本当に、微妙です。 実際に、本人が文書で、「割譲に同意した」
ものがある、という研究者もいます。私は、見ていませんが) 

 実際に、どのような言い方をしたのか、また、本当に書かれたものがあるのか、
これは、新事実の発見・確認が待たれますが、辛亥革命以後は、孫文は、
「五族協和」に基づいて、「満州は、中国の領土」 といい続けます。

 しかし、当時の日本人には、革命前に言われたとおり、満州は任されたもの、
あるいは、もらったもの、との印象が強烈に残っていたのは間違いありません。 

 問題は、1900〜1920年までに、孫文が日本で、どのような発言をしていたか、
今の中国指導部は、深く研究していませんし、もちろん、国民に教えていません。 

 共産党は1921年7月に成立しますが、このときは、孫文は、自分がかつて、
日本でした発言が、領土拡大を求める軍人と野心家の企業人を、どれほど
刺激していたか、どこまで、自覚していたのでしょう。

 臨終前の1924年11月、広州から北京に向かう途中、 神戸でした演説・・・
「日本はアジア王道の干城か、それとも、西欧覇道の爪牙か」・・・は、まさに、
日本に対しての遺言になりましたが、そのとき、彼が意識していたのは、
満州に対する、日本の姿勢でした。

 「滅満興漢」 が、いかにして、「五族協和」に、切り替わったのか?

その過程で、日本人は、革命の主役の孫文が、革命前の日本滞在中に
言い放った、熱意たっぷりの「大演説」に、どれほど、振り回わされたのか?

この視点で、歴史を再考することも大切です。

で、皮肉なことに、日本人が勝手に、どかどか満州に入り込み、現地住民を
追い出していく実情をみて、これは侵略だとして、中華民族として民族意識が
高まりました。
その拠点が、周恩来の母校である天津の南開大学であり、新しい国家意識の
指導者が、張伯苓だったことは、この欄で、何回か、指摘してきました。

 しかし、1910年の朝鮮併合の後、何で、日本人が、どかどかと満州に入り込
むようになったのか、そこには、孫文の日本での発言が、大きく起因していること
を、今の共産党政府は、教えていないのです。 

 この辺、事実として、きちんと伝えて行きたいと思っています。

Posted by Arai at 17:03 | Comments (0)

2006年12月13日

マニフェスト・デスティニー

 おはようございます。

今、北京にいます。

初めて、海外から書き込みです。

地球の経済が、国家の枠を超えてどんどんグローバル化しています。
しかも、モノ、情報、通貨に加え、人の国際化が激しくなっています。

昨日、宴会で出会った中国青年によると、中国でも、新婚旅行に海外に行く
のは都市部では、当たり前になっているといます。

東南アジアでは、ありません。 日本やアメリカ、そしてヨーロッパです。

北京にいると、地続きで、パリまでいけるのだ、との実感が持てます。
これは、日本では、感じられないものです。

私たちは、海に囲まれていますから、この海を、世界中に行ける道、と見るか、
それとも、日本列島を守る、防護壁と見るか、これは、個人個人の意識
を大きく変えて生きます。

 で、その中で、日本という国を、考えます。

文化の集合体なのか、それとも、統治体なのか?

グローバル化の進展は、国家の枠組みをどんどん薄めて、その枠の高さを
下げさせていきます。

 国家を意識することなく、生きる人が増えていきます。

そして、自分が抱えている、歴史性をどんどん忘れてしまう人も増えるでしょう。
自らをコスモポリタン、世界人、地球市民と自覚した人のほうが、国境を越えて、
どんどん活躍する場が広がっていきます。

 で、そうなると、一見すると、国家や文化が消えていくように感じれますが、
私の見方は、ちょっと違います。
 人間個人が世界人になったときに、ここの事案で、人間としての信頼を
関係者から勝ち取るためには、どうしても、どこで生まれたかが、大きくか
かわって来ると思えるのです。
 
 また、自分自身の活動の場として、完全に、地球規模の意識を持ちますと、
かえって、その中で、自分は一体、何なのか?との問いかけが、強まってきます。

 すべてが繋がったときに、却って、自分自身の特殊性、自分の役割は何か、
との意識が強まってくるのです。

 で、そうなる前に、立ちはだかっているのは、国家との関係です。
実は、私たちには、これまで慣れ親しんで、すでに、すっかり浸みこんできた
習性に、 国家に自分のアイデンティティーを重ね合わせる知性があります。

日本人の場合、 明治維新の「アラヒトカミ」と、戦後の天皇の「人間宣言」で、
天皇・国家・個人の関係が、本当にあいまいなまま、無自覚に残っています。

 私は、故郷 と 国家とは、全く別ものであることを、まず、強調したい。

 前者は、命のつながりであり、 後者は、暴力を背景にした統治体です。

 それゆえに、この統治体を、如何に、運転・制御するか、そこには、大変に
深く、洞察力にとんだ、知性・理性・決意が必要になります。

民主主義とは、この統治体に、個々の地域に生きる人間が参画することなの
です。

 今、世界中で進展している民主化とは、この国家という統治体を、どう生か
すか、機能させるか、そのときの知性・そして決意を、私たちすべての個人に、
引き出させようとしている動きなのです。

 この考えを、人類が引き出すのにきっかけになった事件が、イエス・キリスト
の生誕です。 彼の生き様と、その言行録に関して、多くに議論がなされた末、
宗教改革が起こります。そして、「すべての人間の心には、自分自身の主体者
として、カミと繋がる意識がある」と再確認して、 「市民革命」 を経験しました。 

 しかし、私たち日本人は、このことの意味が、実社会でも、教育の現場でも
いまだに、きちんと、確認されてきません。
 自分の心こそが、自分自身の人生の主体者なのです。

 一方、国家には、時代ごとに、その存在の意義がありました。
その存在意義を果たすために、暴力も使われ、個人も時に犠牲になりました。

 これを、マニフェスト・デスティニーと、いいうのでしょう。

かつては、神からの使命を受けたある人物が、これを指し示し、その言葉に、
多くの人間が、しっかりと理性で判断することなく、体で、従ったのでしょう。 

 しかし、今、その神の使命は、ただ、一人にあるのではありません。
地球上のすべての人間にあるのです。

 今、国境が低くなって、人間の活動がグローバル化する中、それぞれの人が、 
この国家が持つ、マニフェスト・デステニーを、今の時代状況の中で、どう認識
すればいいのか? ここが最大の問題です。

 「日本」を考えるとき、私は、ここがもっとも、基本と思っています。

Posted by Arai at 09:55 | Comments (0)

2006年12月09日

日本社会の再生は、・・・。

 自分がこれまで研究し、掴んできたものを、整理しています。

 で、最終的には、日本社会の再生方法の提示 に行き着くでしょう。

 どう再生するか?です。

 「美しい国」を作るには、美しい生き様の人間が、全国いたるところに現れないと
 いけませんね。 自分で、価値・富を生み出せる人間です。

 それも、一部の個人が、高給取りになるだけでは、社会は蘇生しません。
 
  一番いいやり方は、自分と社会の関わりを、ビビッドに感じる体験を、
 感性が豊かなうちから、どんどん味わってもらうことです。

  地域社会の運営方法を、自分自身が直接関わる形で、青少年のうちから、
  どんどん、実験的に、体験させることです。 これは、お祭りや、環境美化
  を手始めにして、市町村の課題を明確化し、解決策を提示する知的訓練です。  

  中学校では、生徒会の運営方法でいいですが、 高校生になったら、
  自分が住んでいる地域の自治体の運営について、実験的に参加する
  ことが必要です。

  今ある問題について、徹底的に、教職員や現職の各議員、そして担当役人、
  地域金融機関の担当者と意見交換して、新しいビジョンを作る訓練をする
  ことです。

  受験勉強で、どこかのワクに入ることを目標に、知力体力を、毎日をすり減ら
  すのでなく、今、そこにある問題について、自分たちの生きる現場の未来像を、
  自分で考え、こうしてはどうかと、どんどん意見を出し合い、そうしたアイデア
  の現実化の過程まで、把握していくことです。

  現場の役人、議員、企業家、メディアとも、どんどん意見交換しましょう。
  また、インターネットも多い使いましょう。
  それを教育の一環として、現場でするのです。

  しかも、その考えを、 関係する地域の同世代と、さらに意見交換し、
  それを、地方のメディアで発表し、 しかも、実際に自分でできるところから
  自分で現実にやってしまう。  場合によっては、寄付集めも自分でする。

  これを、教育の現場が主導してする。さらに、メディアで発信する。

  この繰り返しによって、自己実現の感覚と、住民自治の基本が備わります。

  これがないと、いつまでたっても、日本社会は、活性化しません。

  どの試験に受かったら、給料が上がるか、地位が上がるか、それのみを、
  意識する毎日で、 目先の現実をよくしようとする意欲が湧きません。

  地方は、どこまでも、 「お上たより」のまま、 疲弊していきます。  
 
  実は、それこそが、 お上の、本当の狙い(だったよう)なのだ。

  「本当のことは教えるな。 情報は与えるな。
   民は、愚かに保て。 常に、役人に頼らせよ。」 

 これが、本当に、いやになるくらい根付いていますね、日本社会は。

 企業活動は、グローバル化していますが、
 地方自治が、相変わらず、「お上」を向いて、未来を話していては、
 どうしようもありません。

 まあ、でも、変革の芽は、生まれています。

 私の役目は、そこに、栄養を与えることなのだと思っています。

 PS: そんなことしたら、受験が駄目になるとか、知的レベルが落ちるって?
  
  ありえません。
  大学など、高校の成績に関わらず、入りたいものは、誰でも入れて、
  その代わり、 入ってから後は、出席と、レポートで厳しく指導すればいい。

  脱落者は、初めから、大学に相応しくない人なのです。
  日本の大学の質も、そうすることでしか、高まっていきません。

  自分自身、大学は遊ぶものと考えていたのが、今となっては恥ずかしい、
  と思っています。


 

Posted by Arai at 18:16 | Comments (0)

2006年12月08日

パールハーバーと、西安事件

 こんにちは。

12月8日は、 「開戦記念日」といわれます。
しかし、これは、戦前の大日本帝国が、アメリカに対して、開戦した日 でした。

実は、1931年9月の満州事変以後、日本は、ずっと、中華民国の蒋介石政権
と戦闘状態にありました。でも、そのとき、日中間で戦争があったと認識している
日本人はあまりいないようです。

その理由は、蒋介石も、日本政府も、ともに、アメリカとの貿易によって、
政権を維持しており、それが壊れることを、恐れていたからでした。

両国ともに、雑貨品・繊維製品を輸出し、鉄や石油などを輸入していました。
さらに、中国側はアメリカから武器まで輸入していました。

もし、双方が、正式に、交戦状態であると認めると、アメリカは中立に立つ
必要上から、 日中の両国に、物資も武器も供給できません。

そこで、日中間が、如何に激しい交戦状態にあっても、 両国の指導者は、
これは戦争ではない、事変だ、言い続けました。 今でも、日本には、
このときの戦闘状態を、日支事変とか支那事変、と言う人がいます。

実際の戦場は、そのときは、中国の華北地域、そして上海近郊です。
その当時の、普通の日本人からは、その戦闘の様子はよく分からなかった
でしょう。

また、中華民国の蒋介石自身、何とか、日本政府とは和解の道を求めながらも、
現場では、戦闘が続いたままでした。

彼は、日本に求められるまま、満州国を認め、満州そのものを割譲しようとも
考えますが、それでは、孫文の「中華」が壊れてしまいます。
日本軍とへんな妥協をしないか、じっと監視していたのが、共産党の毛沢東・周恩来
たちでした。

蒋介石は、その共産党が邪魔になり、1934年、大規模な掃討作戦に出ます。
ここから、共産党にとって「大長征」という大逃避行が始まり、それは、陝西省の
延安にまで逃げ延び、そこに、革命の根拠地をつくります。

 しかし、それでも蒋介石は手を緩めず、その共産党根拠地を殲滅させようと、
張学良を派遣しますが、延安の南の西安まで来たところで、張学良は、それ以上、
なかなか進軍しません。
 実父の張作霖が日本軍に爆殺され、しかも、本拠地の満州を追い出され、
頼みの犬養毅らは既に日本政界にはいなくなり、日本軍には極めて強い
嫌悪感を覚えている中、その日本軍と徹底抗戦する共産党を、自分の手で、
壊滅することを躊躇っていたのです。

 1936年12月4日、張学良が実は共産党側に寝返っているとの噂を聞き、
それを確認、叱責するため、蒋介石自らが西安に乗り込みます。
 張学良は、中国人同士が戦う愚を指摘しますが、蒋介石の共産党殲滅の
意思は変わりません。
 そこで、12月12日、張学良が、蒋介石の身柄を監禁してしまいます。
なんとしても説得したい、直接当事者たちに直談判させよう、との熱意からでした。

そして、急遽、共産党からは、周恩来・葉剣英が西安入りし、さらに、
国民党からは、 宋美麗・宋子文が話し合いに、加わります。

ここで、日本軍に対し一致して当たる、歴史的な「国共和解」が生まれます。

これが、今から、70年前のことです。

私たちは、65年前のパールハーバーについては、よく知っていますが、
70年前の12月には、 全中国人が、中国大陸に侵攻した日本軍に対し、
一致して戦う話し合いが行われていた事実も、きちんと知っておくべきでしょう。

また、そこから、実は、本格的な、統一中華の国つくりが始まっています。

大日本帝国は、この5年後、パールハーバーで、中国のみでなく、アメリカとも
戦線を開き、5年を待たずに、敗戦・壊滅します。 

そして、天皇の「人間宣言」で、アラヒトカミは消えました。

そして、日本は、戦後は、軍事膨張を捨てて、GDP信仰の経済発展に
なりますが、このときの官僚システムは、すべて、1940年の戦時体制で
できたものでした。

この体制が、今は、グローバル化した時代にあいません。

誰ものココロに響く、地球大に広がるカミを、見つける時代になっています。

Posted by Arai at 15:55 | Comments (0)

2006年12月06日

やっと、事後を考える知性が・・

 こんばんは。

アメリカの中間選挙で、イラク戦争に対し、アメリカ国民がNOを突きつけ、
国防長官のラムズフェルドは更迭され、新たに元CIA長官のゲーツ氏が就任。

曰く
「中東ではイラクだけでなくパレスチナ、レバノンも不安定化しており、 早期に
 イラクを安定させなければ、取り返しがつかないレベルまで混乱が深まる」

そんなの分かりきったことじゃないか、と、とりあえず、言います。

で、そのあと、まあ、それでも、やっと、まともな人が、ブッシュ政権に入った
ことになるのだから、 遅すぎたにしても、これ以上悪く、ならないようにしないと。

これは、アメリカの課題ではなく、実は、人類の課題。

で、アメリカとして、今のイラクを、どう解決するかで、
ジェームス・ベーカー元国務長官を中心に発足したイラク研究グループが、
施策を提言するとか。石油の利権屋が、きちんと、話をつけられるのかな。

でも、初めてですね。

覇権国が、軍事力行使について、事後のことまできちんと考えて、それを
外交政策をするようになったのは。

もちろん、そこには、莫大な費用負担もありましょう。
その地の民衆の人権もありましょう。
特に、派遣される米国兵士のこともありますが。
そうしなければならないほど、アメリカ、そしてイスラエルが、外交的に、
追い込まれているともいえます。

イスラム社会を、これまで以上に、反米に向かわせることになるか、
それとも、徐々に融和し、国家としての、信頼回復を進めるようになるのか、
今、その哲学と、具体的な施策が、求められています。

つまり、やっと、まともな理性、というより、本物の知性が動き出したようです。

ブッシュの周りの経済人にすれば、もう、十分に化石燃料で潤った、という意味
もありましょう。
 それよりも、この4年間で手にした莫大な資金をさらに生かすには、
地球規模の環境対策に乗り出すことか、 途上国を、搾取の対象でなく、
逆にどんどん太らせることで、資本を増やしていく、 という、資本の論理から
の要請もあるのでしょう。

で、以上を、簡単に総括して言えば、

やっと、「力」の時代が終わった ことになります。

これからは、より遠くまで、見通せる洞察力や、目の前の人間の心理を読んで、
お互いに、一つになれる和解点を掴み取れる悟性が、必要になります。

ただ、アメリカ人に、これがあるとは思えません。

私たち日本人は、日本建国の大聖人の聖徳太子 のことを彼らに教えて
あげましょう。
原住民のインデアンを殺しまくって、武力で英国から独立し、アフリカ大陸
から労働力を奴隷として輸入し、 しかも、中国にアヘンを売りつけることで、
肥えていったWASPの人間に、本物の霊性とはなにか、実際に示して上げ
ましょう。

で、こうした新しい事態(というより、新しい時代)が実際にスタートしていることを、
私たちは、この冬至の日に、頭でも、全身でも、遺伝子でも、感じることになります。

「なごみ庵」の方が、私が参加する、北山のイベント紹介して下さっています。
http://blog.so-net.ne.jp/nagomian/2006-12-02

うぅ〜ん。 これは、責任重大になってきたな。

今、アメリカは、北朝鮮についても、「事後」のことを考えています。
それが、また、中国に対する、脅しになっているのも、彼らの外交戦術ですが。

Posted by Arai at 21:03 | Comments (0)

2006年12月05日

今年最後の満月が・・・。

 こんばんは。

今日は、今年最後の満月です。 しっかり、味わいましょう。 

冬至の日は、新月です。

二年前の冬至の日は、宮崎の高千穂の奥にある秋元神社で、「光」を見ました。
今年は、どんな、光になるのでしょう。

私の方は、冬至の21日は、京都の北山・愛染蔵で、スペシャルイベント。
星・風・月・玉・美、それに、蟻。 

なぜ、蟻か、その意味を、そのときに、お話したいと思います。

Posted by Arai at 21:35 | Comments (0)

二つの楽しみ

 こんにちは

テレビもラジオも新聞も、暗いニュース、情けないニュースが多いのですが、
この世の現実では、実際には、まともに、頑張って生きている人の方が、
圧倒的に多いのです。

でないと、この世の中が、回っていきません。

このことを、まず、自覚しましょう。

その上で、生きている、ということを、今、再確認しています。

生きているとは、死んでいないこと。

  そんなの、当たり前ジャン。

そう、当たり前です。
では、死んでいるとは、どういう状態?

  肉体と、魂が離れている状態。

生きているときは、私たちは肉体をもっている。
だから、自分自身に制限もありますが、
これで、三次元世界で物理的に、いろいろなことができます。

肉体があるからこそ味わえる、楽しみ、苦しみ、いろいろです。
ものを書いたり、創ったり、動かしたり、芸術を楽しんだり。

で、死んだら、もう楽しみはないのでしょうか?

 ひとつだけありました。

お化けになって、生きている人間に憑りつく、という楽しみがありました。

 これ、いい意味でいうなら、守護霊になります。

まあ、どうやら、死んだときの心の状態がいちばん大切らしいから、
私は、生きているときには、 死んだら悪霊にならずに、守護霊になれるように
自分にとって、本当に大切なものを探し当て、それを形にしていく日々を
送れたら、最高です。 それを、死んでからも守りたいし。

その意味でも、まず、生きている今に、自分にとっての、楽しみ、喜びを
たくさん見つけたい。 

これ、欲張りかな。

Posted by Arai at 15:47 | Comments (0)

2006年12月04日

三つのコスモス

 今晩は、

既に4日になっていますが、この週末は、芸術三昧でした。

 30日に、 京都北山のアゼクラで、 真砂さんのコンサート
 2日の午後は、 大阪で、梅若能 演目は「海人」
      夜には、 高津宮で、ビジョンヨガグループの 真砂さんのコンサート

 1日は、真砂さんを、 宇治神社 下居神社 許波多(木幡)神社 に
      案内しました。


 今年の冬至の日、  京都の北山、アゼクラで、 私も登場するイベントがあります。

  今年の冬至の日、 実は、新月です。

 一年で、最も太陽の力が弱まり、さらに、心を誘惑する月すらも、出ていません。

 こんな夜は、まさに、天上の星たちのメッセージが、もっともピュアに届きます。

 それを、京都の太田神社(アメノウズメが御祭神)のすぐ横、神山の麓で、
 私が、掴んだ情報を、書道家竹本氏が、古代文字にしていく、企画です。

 ここには、素敵な女流ピアニストと、 ライテイングアーティストが、加わります。

 また、追ってご案内しますが、 宇宙より降り注ぐ聖なるものと結ばれている
 感覚が、そこには、充満することでしょう。

 三つのコスモス  これが繋がった時の感覚を、楽しんでください。

Posted by Arai at 01:20 | Comments (0)
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