2007年11月20日

新嘗祭・ニギハヤヒ・黄牛・朝倉

 こんにちは。

その1: 

18日の皆神塾は、 

  「倭国誕生と、 三国史の関係、 そして、 神武東征」を 話しました。

  今回の話は、面白いですよ。
  「諸葛孔明」の最後の場面と、卑弥呼の「親魏倭王」が、関連している、
  
  と普通は考えませんが、実は、これが、大問題なのです。

  私達が、なぜ、かくも、『三国志』がすきなのか、 それが、
  国家の出発に関わっているからです。

  また、京都にある、上加茂神社、下鴨神社は、両方とも、崇神天皇時の
  創建です。
  
  ここと、神武東征は、 関わるのでしょうか?


ちなみに、11月23日は、 新嘗祭。

  全国の神社で、 神様に、自然の恵みに感謝する奉納の儀式があります。
  
  上賀茂神社では、 葵の奉納があります。
  友人達が、ここで、人類文明のあり方の転換を、決意する儀式をします。
  お近くの方は、ぜひ参加してください。

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  ■ 上賀茂神社・葵プロジェクト
   「岡野弘幹『聖地巡礼』音霊奉納会(おとだまほうのうえ)」

 と き 平成19年11月23日(金・祝・新嘗祭) 午後6時より
 ところ 上賀茂神社 御本殿前 楼門   <雨天開催 荒天時中止>
 http://www.kamigamojinja.jp

  <一般参拝 無料> 
  *午後6時までに楼門にお越しください。 ・・・・ 6時以降、奉納演奏終了まで
                 は桜門内の入退出は出来ませんのでご了承ください。

  <特別参拝>
    失われた葵の森の復活を願って、葵の苗を森に戻す「葵プロジェクト」。
    http://aoiproject.web.fc2.com/
    音霊奉納神事を共にしてくださる方々の賛助を募っています。
    御奉賛金 1万円 
    *初穂料、葵プロジェクトおよび音霊奉納会への賛助金として

   午後6時    奉告祭 特別参拝
   午後6時30分 奉納演奏
   午後7時30分 直会 (午後8時 散会予定)
   *特別参拝へのお申し込みは、必ず事前にご連絡をくださいませ。
   *特別参拝の方は午後5時30分から6時の間に社務所にお越しください。
   *当日相当な寒さが予想されますので、防寒の準備をお願いします。

   【お問い合わせ】   音霊奉納会 事務局 田口 090-3285-7832
  上賀茂神社内 葵プロジェクト事務局 村松・村中  075-781-0011

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、当初、22日に熊本で講演をした後、翌日23日の儀式になんとか、
 間に合わそうと考えていたのですが、帰りのチケットアレンジがうまくいかず、
 また、大分県竹田市にある「黄牛の滝」に惹かれ、この機会に行くことになりました。

 さらに、24日の土曜の午後に、 日田の隣の「朝倉」に住む、今井テツさんの
 ところで、 座談会です。 

 今井さんの「ピアノ即興演奏」を聞きながら、私は、日本誕生の物語を語りたい
 と思っています。 どんなメッセージが降りてくるか、吾ながら、楽しみです。

 主宰は、 ココロンの江口マオさんですので、福岡・大分方面でお近くの方は、
 こちらにも、ご参加ください。  連絡先: 090−9072−9104


その2 :  縄文と古代イスラエルがであった、「天皇家」。

 毎年、23日の新嘗祭の、その前日の11月22日、実は、日本の皇室にとって、
 もっとも重要な日です。 天皇家にゆかりのある方たちは、この日に、密かに、
 ある方に、お弔いの儀式を挙げています。 

  ニギハヤヒを、弔うものです。

 記紀では、神武天皇東征のときに、近畿に先にいた大王です。
 天岩船に乗り、彼の臣下のナガスネヒコが神武の長兄の五瀬命を討ち取ります。
  
 そのナガスネヒコを、ニギハヤヒは、神武に国を譲る時に、やむなく手にかけます。
 戦いを止めるためでした。

 中華帝国から独立した天皇が誕生するのは、7世紀の天武のときですから、
 この時点は、 日本列島内での倭国王争いです。

 私の中では、やっと最近、古代イスラエルから、この「国譲り」、そして、聖徳太子、
 さらに、記紀の成立まで、一つに、繋がりました。 纏めています。

 そのとき、古代イスラエルとの最初の接触で、今回行く、竹田の「黄牛の滝」が、
 大変重要な位置を占めていることがわかったからです。

 天皇の基になった倭王が誕生する、さらにその前、縄文人と稲作民が平和裏に
 暮している日本列島に、古代イスラエルの一族が、最初に接触するとき、
 この「黄牛」が、関わっているのです。

  それは、単なるヒスイから、「勾玉」が生まれるまでの、「重要な物語」です。

 この辺は、22日の、熊本講演で、詳しくお話します。
 時間のある方は、その翌日、一緒に、竹田に行きましょう。

 そして、
 上加茂神社で、「葵」復活を誓う岡野氏の奉納演奏に、心をあわせましょう。
 
 ps :23日の泊まりは、 筑後川の水源の地、日田になります。
     こちらは、夜に、川崎さんの友人達と、合流です。 

Posted by Arai at 15:11 | Comments (0)

2004年04月09日

3名捕捉。日本のアメリカ離れが始まる?

 さて、昨夜から日本中を騒がしているイラク問題です。
 国際政治と日本の名誉に敏感な若者3名が、捕捉されました。

 4月8日は、歴史的な一日になることは間違いありません。

 テロリスト側からの要求は、「3日以内に、自衛隊を撤退させないと、殺す」です。

 完全に、彼らの要求を無視すれば、本当に3名は命を落とすでしょう。
 そうなれば、日本中の世論は、大変です。 

 そして、現状の自衛隊の派遣に関し、このテロリストから要求で、
 日本政府が、少しでも何らかの譲歩をすれば、
 
 それは、戦後、一貫して軍事的にアメリカの属国だった日本が、
 アメリカの「縛り」から 離れることを意味します。

 今回の事件に関し、いいろいろ考えさせられます。
  
 なぜ今?  というこもあれば、 なぜ彼らなのか? です。

 また、 なぜ、要求が自衛隊撤退だけなのか?
 なぜ、身代金を要求していないのか?
 
 なぜ、日本人だけを狙ったのか、アメリカや国連に対してはどうなのか?
 
 そして、是非知りたいのは、彼ら若者3名の、 アメリカのやり方や、
 それに追従する現在の小泉政府に対する、見方です。

 もちろん、3名は、無事に日本に戻ってきて欲しい。

 しかし、小泉政権は、即座に、撤退要求を拒否です。
 ならば、本当に殺されるのでしょうか?
 逢沢副大臣は、現地に行って、一体どんな交渉をするのでしょうか?

 これまでイラクでは、テロリスト(と目される集団)がは、外国人に対しては、
 軍人も民間人も、いきなり殺害することが多かったのですが、

 今回は、まず映像にとって、それを即座に衛星放送のアルジャジーラに上げて、
 日本国民の感情を揺さぶっています。

 だいぶ違います。 テロリスト側の対応が。 
 
 スペインで、自国内でテロがあったのとも、全く違います。

 今回派遣された自衛隊員の待遇や補償は、他の国の兵士に比べてすこぶる厚く、
 大事にされているのですが、つまり、日本人の命の値段は、大変高いのですが、
 こうしたこともしっかり知っているかのようです。

 「日本人に対しては、やわらかくやれ」と、どこかから指令が出ているのでしょうか?
 
 今、私のところに3人救出のために小泉首相にメールを出そうと、
 呼びかけが来ています。

 もちろん賛成です。

 そして、それでも、小泉首相だけが知る、全く違う次元の理由から
 自衛隊を撤退できないのならば、

 私が、こう要求します。

 まず、 直ぐに、現地の自衛官は、軍服を脱げ。
 
 そして、日本政府は、日本の復興支援は、アメリカ主体のCPAから外れていると、
 大々的に表明せよ。

 そのとき、憲法九条を、錦の御旗か、黄門様の印籠のように、堂々とかざして、
 「これが目に入らぬか」、と、アラブ世界のみならず、全世界に向けて、立ち回れ。

 そこまでしないと、今の日本が、アメリカと一体で、アメリカの占領政策を補充している 
 との、テロリスト側からの主張を崩せないでしょう。

 現在の政権与党の、公明党、そしてそれを支える創価学会のみなさん。
 今こそ、九条を前面に出すことを、小泉首相を説得してください。

PS: 別件です。
  私のADSL 回線が復活です。  以前同様、メールが使えます。

Posted by Arai at 18:45 | Comments (0)

2004年01月22日

蛹(さなぎ)は、どっちにいくの?

 あと本欄も3日間となりました。

京都には、いろいろなサークル・ミニ集会がありますが、昨夜も、その一つの雅幸塾というところに呼ばれました。 

私を発見し、出馬を促してくれた人とのご縁も、こうしたミニ集会がきっかけでした。

これまでの組織や地縁・血縁を離れて、多くの情報を共有しようとする、人の数がどんどん増えています。

ただ、そこでの情報は、常に、玉石混交になります。

たとえば、歴史理解や科学知識にしても、そうした集会での情報は、
これまでの「正規」の教育で教えていることの矛盾点から入ることが多いので、
全体像が見えなくなってしまうことが、多々あります。

これは結構、危険です。
脳の博士の養老さんが、ご自身が教えていた生徒(東大医学部−−ー受験勉強の最難関)から、オウム信者が出たことを、大変、悩んでおられました。

オウムの朝原は、本来熱心な仏教徒なはずなのに、なぜ人を殺してもいいという、とんでもない教義にたどり着いたのか、という問題は、もちろん重要です。
それ以上に、このオウム信者になった人たちが、本来、魂と肉体の救済をするという、仏教の本義を完全に見失ってしまったことのほうが、もっと重要です。

人間存在、生きることの本義。 これを、忘れていると、全てがおかしくなります。

私たちは、一体、何のために存在しているのか。

国家、通貨、宗教、家族、科学、自治体、法律、お祭り、芸能、・・・・・・・。

こうしたものの、本来の姿、目的をきちんと教えておくのが、教育の基本です。

しかし、これが忘れ去られ、単純に、いかに金を稼げるか、
そのためには、社会のどの枠組みに入るか、そして、どんな資格が必要か、と、
金を中心に考え出すと、 本質からどんどん離れていきます。

出発点は、人間同士がどうやって調和し、天地自然のリズムに溶け込んで生きていくかということです。 
通貨も、国家(法律)も、宗教(哲学・習慣・伝統など)も、全てそのための道具なのです。

 私は、最近は、自分の存在すらも、一つの「道具」ではないか、と感じています。

自分の意思と違うところで、いろいろと体験させられ、考えさせられ、
右から左から、上から下から、トントン・ボコボコと小突き回されるように、仕立てられていくように、感じることが多いのです。

 さて、夕べの勉強会。
そこで話したのは、今、日本が置かれている立場と、存在意義です。

 結論をいいます。

今から、2千数百年前から、日本には、ユーラシアから多くの部族が入りこんできました。

最初は、きちんとした法律もなく、所有権も通貨もありません。
そうしたときに、この列島内で、仲良く暮らそうという、「意思」が、共有されていたと思います。自然との調和のみが、当たり前にあったのでしょう。
その意思が、次第に核に成長します。 その核となった意思を、いつもぶれずに感じられる存在がどこかにいたはずで、それを、ここでは、スメラミコトといいいましょう。

しかし、このスメラミコトの現実的ありかたや、物理的な影響力について、多いに紛糾します。
とりあえずまとまった段階が、 スサノウ・ニギハヤヒの時代と考えましょう。
しかし、そこでは文書で書かれた決まりはまだなかったでしょう。

そして、さらに、次々と多くの外来勢力が日本に入り込みます。
ここで、又、国内は乱れます。  

そこに、「和を以って貴し」の仏教の教えが入ります。聖徳太子です。
このとき仏教は、本来の個人の救済から、社会(世の中という、実際の空間)の救済を目標に、日本列島に生きる人間に、言葉(文書)によって、一つの考えを浸透させます。

そこで、さらに、国家が意識されてきます。

対外的な、東アジアの大動乱に、この日本列島が巻き込まれないように、その危険性を知る人間たちが、ここに、大きな枠を作りました。
それが、大和朝廷でしょう。 藤原氏です。

核が、卵になりました。

そして、幼虫になって動き出しました。

律令制度を作り、通貨を発行し、仏教を統治の道具にし、
さらに多くのルールを作っていきます。

この間、
この枠の中に、どんどん世界中から、いいものを取捨選択して、取り入れていきます。
中国から、多くの文物習慣が日本に入りましたが、入らなかったものは、
纏足・宦官のほかに、「玉」信仰があります。
 (科挙は、明治期に官僚体制として少し入ったにとどまります)

前の二つは、生物的に見て、異様です。

「玉」は、実は見えざる存在との交信器であり、その機能に関する情報は、
天皇家やその対極にある、山や海の民には残りましたが、庶民からは遠ざけられました。
 (江戸時代、日本では、玉ではなく、木でできた根付が多く流行しました)

そして、明治になって、近代化が始まりますが、このときも、取捨選択し、
いわば「いいとこ取り」が続いてきました。

日本列島だけは、特別との意識の下、この幼虫は、どんどん栄養を取り続けて、脱皮をしながら、大きくなっていったのです。でも、這い続ける虫であることには変わりません。

空間の広さを知りません。 自由に飛び回る「楽しさ」を知りません。
いつでも、自分が入るべき「枠」ばかりを外側に探すことが習い性になってしまいました。

しかし、この日本が、これまでの栄養がもらえなくなりました。
入るべき「枠」もぼろぼろです。

これは、一体どうゆうことなのでしょう。

そうです、1990年から、日本は、蛹状態になっていたのです。

蛹の次は、羽化ですが、ここが大問題です。

自分が、本当に羽を持って、自分の力で飛んだとき、舞ったときの楽しみを、
まずココロに感じていない限り、蛹は羽化できないのです。

これまでの、二次元世界で、モグモグと食べていることしか知らない、
あるいは、それが最高の幸せと感じていてそれ以外の喜びが心に描けない人は、
ここで、羽化できないのです。

日本はこれまで、世界中から、取り入れるばかりでした。

羽化した日本は、実は、光の大放出となります。

その主役に、なれるか、それは、私たち一人一人の心が決めることです。

私の願いはいつもそこにあります。

Posted by Arai at 09:55 | Comments (0)

2004年01月21日

公開質問状・その他

 皆さん、こんにちは。
選挙は、ほんとにしんどいです。本来なら、テレビ討論が一番いいのですが。
これだと、既得権を持っている人間と同等になってしまうから、やらないのでしょうか?

小生の「マニフェスト」が、どこにあるか分からないという、指摘がありました。
このすぐ左の、カレンダーの下に、小さな枠があり、ここをクリックしてください。

さて、その下に、今度は、公開質問状に答えて、という欄ができる予定です。

ここでは、京都市内学生たちからの、質問に答えました。
相当、面白い内容です。 ほんの少し、待ってください。期待していいですよ。

あと、いつでしたか、「ヤクザ」の語源に触れたことがあります。
大和朝廷の支配に屈せず、当然、依存もしなかった人たちが出発点です。

自由を愛しながらも、仲間内では、強い相互扶助の精神がありました。
任侠精神の出発点で、私はその生き方が大好きです。
もちろん、暴力団が許せないのは当然ですが。

そうした、本来は自律・自立した集団が行政に取り入って金銭的な保証を得ることに、
存在目的が変わっていったとしたら、本当に情けない話です。 

金銭は、あるモノを入手までの「中間物」であり、本来、
自分が他人を喜ばした分だけ、その見返りに、得られるものです。

今、国家財政が破綻状態です。
今年度予算では36兆円の国債発行です。

中央に金がない以上、地方が要求しても、これは減らされます。
ですから、いつでもその破綻がおきてもいいように、住民側が備えなければなりません。

過去の、行政の中に巣食った「闇」の摘発も大切ですが、その前に、
住民をこの崩壊から、守らねばなりません。
しかもそれは、一部の専門家が全てを企画できるものでは到底ありません。

地元の住民自身が、相互扶助のシステムを作り、きちんと対応していくしかないのです。

時間になりました。 この続きは又あとで書きます。        新井信介

Posted by Arai at 09:04 | Comments (0)

2004年01月20日

皆さんと知り合いたい

 18日のKBS「どうする京都」では、討論会に参加できませんでしたが、
 番組冒頭に、インタビューを流してもらいました。

  147万に「結い」を。

 この言葉に、反応してくれた視聴者がいたようで、 bbsに書き込みがありました。

 うれしいです。  さすが京都市民です。

 本日午後4時に、立命館大学で、公開討論会です。

 桝本さんがお見えになられないとのことで、ちょっと残念です。

 もう事務所に向かう時間です。 

 24日までは、「政治活動」ができますので、パンフを配る要員が必要です。

 25日以後は、「選挙活動」となります。
  ポスター貼り、鶯嬢、講演会(「京の風」の場合、29日の北文化会館での文芸会)
  が、主だった活動です。

  一人でも多くと 出会いたいと思っています。 

Posted by Arai at 09:07 | Comments (0)

2004年01月16日

マニフェストの掲載

 皆さん こんにちは

昨日15日、地元京都のテレビ局KBSのインンタビューを受けました。
このときの内容は、18日の夜に、放映されるようです。
(ただ、その番組では、他の二人の候補は、スタジオに招かれて討論するようですが)

私は、そのとき、「京の風」が主張する、「市民主導」の意味を中心に話しました。

これは、実は、これまでの国家主権、中央集権と反対の流れを作る、意識改革を促しています。

単なる、「市民参加」「市民とのパートナーシップ」は、これまでの官僚主導では、現実の諸問題に何も対応できなくなった事態に、 市民の声をききながら、自らのやり方を修正しようとするものにすぎません。

 「官主導」の修正、補強では、何も変わりません。
 この國の運営主体が、エリート意識を持った一部の人間に限られることには、変わりがありせん。 

 本欄の左に、「新井信介のマニフェスト」枠がありますので、ここをクリックしてください。

 さて、前回の本欄で、「和歌」のことを書きました。

早速、京都市民で、「応援を表明」してくれた人がいます。
うれしいです。

 日本では、 貴賎に関係なく、心に響く歌が歌えるものを常に上席としました。
 
 (天下人となった秀吉が、どんなに歌の勉強をしたことか)
 
 武力や策略に優れていても、歌がうまくないと、褒美が少なかったのです。
 誰もの心に響く歌を歌えるということは、いつも、誰の心を慮っている証拠です。

 キリスト教世界では、神の前に平等なら、

 日本では、歌の前に平等でした。


 明治以来の日本は富国強兵と殖産興業で、そこにあるのは、物的な、あるものを
 「獲得」しようとする、国家的な競争でした。

 「獲得」を主に国家運営がなされるとき、人々の心はどうなるのでしょう。
 目的のために組織化され、国家にとって都合のいい「枠」に個人をはめ込むことばかりが
 教育の目的なります。

  戦後は、産業主体で、外貨「獲得」が主目的になりましたが、
  今、このとき主役の大企業が海外に出て行くばかりなのです。

  もう、「獲得」ではない、価値観を、もちましょう。

 それは、生きている現場に、どのようなイノチの響きがあるか、又自分がいかに生かされているか、それを「味わい」、又、縁のあった人たちと表現し合って、それを再び、「味わう」ことです。
 
  「獲得」ではなく、「味わうこと」。

 応仁の乱後の京都の町衆が、実現していたのが、まさに、四季のめぐりの中で、自分の世界を創り、味わい褒めあっていたのではないでしょうか。

 地球64億人、日本1億2千800万人、京都147万人。

 地球はとか、日本はとか、京都は、とかいった場合、どうしても、メディアに影響された、
観念の中で、ぼやけた議論なってしまいます。

 しかし、自分のすぐ身の回りの生活の部分なら、そこには、いつも真実があります。
それを、日々新たに、変えていくことでしか、実際に変革はありません。
それが、国家の権威を借りたトップダウンで強制(行政指導)されてきたのがこれまででした。

 過去と他人は変えられない。 
 でも、未来と、今の自分なら変えられる。

 64億分の一の人類社会、1億2千800万分の一の日本、そして147万分の一の京都は、
 実は、私たち自分自身なのです。

 自分の意思と行動によって、過去のままで停滞することも、大きな花を咲かすことも、
 どちらにもなります。

 全ては、人間一人一人が、創り上げているのですから。
 まず、自分の生きるもの目的を、「獲得」から「イノチの響きを味わうこと」に
 変えて生きたいと思っています。 

Posted by Arai at 09:12 | Comments (0)

2004年01月12日

まず無私になろう。

 皆さんこんばんは。

さっきまで、「海外の応援団」を書いていましたが、小さな間違いがありました。

 「虫になる」は、 「無私になる」 でした。
 
 もちろん、虫の気持ちにも人間はなれます。
 時には、自分自身がいやになり、虫けらのきもちになってしまいますが、
 それでも生きている。
 
 そうです、生きていることが、何よりも宝なのです。
 でも、一人だけでは存在は確認できないから、誰かに認めてもらわないとね。

  だから、どんどん、いいことしようよ。
 
 でも、そのとき、周囲の人間から、なかなか気づいて貰えないかもしれませんが、
 それでも、やり続けましょうよ。

 花はなぜ咲くか。 なぜきれいに咲くのか。

 いつ来てくれるかも分からない、蜂や虻に、花粉を運んでもらうためです。

 少しでも気を緩めたら、他の花に行ってしまうかもしれません。
 精一杯、咲き続ける。

 自分の存在は、いいこと精一杯し続けようとする、花ではないでしょうか。

 もし、分かってくれる人に出会えたら、本当にうれしくて震え上がってしまいます。

さてさて、「京の風」の基本政策についてですが、
これは、まさに行政に携わるもの全てに、「無私」になることを求めることから始めます。

時代遅れになった制度を使い続け、その中で、何とかして自分に向けての資金を捻り出す、
これがこれまでの政治の目的でしたら、この国は美しくなるはずはありません。

まして、行政、すなわち、「お上」から、いかに多くの資金を引き出すか、それが、
人間の器だなんて、そこから漂ってくるのは、腐臭のみです。

 京都は、全員、心の中に、強い自分の世界を持った人たちが集まっています。

 人間は、自分の世界を作るためなら、人間は進んで、汗をかきます。
 そして、その世界を理解してくれる人や褒めてくれる人と出会うことを、最高の喜びとすることができます。 
 なぜなら、その時こそ、自分自身の存在が確認できた瞬間だからです。

 今、日本中で、国も地方も大赤字です。
 財政改革が急務ですが、これまでの政治が、資金を配ること、そのものが行政の目的となっているとしたら、大問題です。

 どんな世界、どんな世の中にするのか、それが本来、先にあって、次に人を動かすエネルギーである、資金が必要となってきます。 きちんと人が動けば、 別に、お金でなくてもいいのです。

 行政でつかわれる資金は、税金か借金であり、本来、それは私たちの市民の「人間の汗」の塊です。 その自覚が、失われているとしたら、これは、大問題。
 市民の皆様と一緒に、きちんとした流れがあるのか、まず、見つめましょう。 そして、おかしな点は正していきましょう。  

Posted by Arai at 01:32 | Comments (0)
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